忘れられる権利
今月(2022(令和4)年6月)24日、最高裁の第二小法廷で、ツイッター記事の削除を認める判例が出されました。
以前、2017(平成29)年1月31日の最高裁第三小法廷では、グーグル検索結果の削除が認められていませんでした。
ツイッター事件の事案は、次のような内容です。
旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入したとして逮捕されたX氏は、建造物侵入罪により罰金刑に処せられ、同月、その罰金を納付しました。X氏が逮捕された事実はその日に報道され、マスコミのウェブサイトにも掲載されたところ、その日のうちにツイッターの匿名アカウントでツイート(これが問題のツイートです)がなされ、多くはマスコミ報道のリンクも貼られていました。その後、マスコミウェブサイトの記事は削除されました。
X氏は、逮捕当時は会社員でしたが、数年後に結婚し、現在は父が経営する事業の手伝いなどして生活しています。X氏は妻に逮捕されたことなどは話していません。
今回の判決は、X氏がプライバシー侵害を理由に問題のツイートの削除をツイッター社に求めることができるか否かについて、
『本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人(✕氏)が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができる』と判断したうえ、
逮捕から約8年が経過したこと、刑の言い渡しは効力を失っていること、マスコミ報道記事も削除されていること、問題のツイートは速報の目的と伺われること、✕氏は公的立場に無く、他方で問題のツイートが残っていることで✕氏を知る者に逮捕事実が知られる可能性があること、などを理由に、✕氏の法的利益はツイッター社の一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認め、削除を認めました。
ところで、この事件の高裁判決(裁判用語で「原審」といいます)は、
「本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量した結果、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られる」として✕氏の削除請求を認めませんでした。
実はこの「優越することが明らかな場合」とは、グーグル検索結果事件で最高裁第三小法廷が使った言い回しです。
グーグル検索結果事件の事案はどういう内容かというと、
Y氏は、児童買春をしたとの被疑事実で逮捕され、罰金刑に処せられました。Y氏の逮捕事実は逮捕当日に報道され、その内容がインターネット上の電子掲示板に多数回書き込まれました。
最高裁第三小法廷は、「抗告人(Y氏)が妻子と共に生活し、罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」として、削除請求を認めませんでした。
今回のツイッター事件では『比較衡量して、優越する場合』、
以前のグーグル検索結果事件では『比較衡量して、優越することが明らかな場合』
と、違いますよね。
日常の用語としては同じように思われるかもしれませんが、法律の世界では一言一句の違いは重要です。これが、女湯脱衣場侵入、と、児童買春、という社会的非難度の違いからなのか、この間のSNSや個人情報をめぐる社会の状況や認識の変遷からくるものなのか、まだ、何とも言えません。
今回のツイッター事件判決には、草野耕一裁判官の補足意見が付いています。
草野裁判官は「本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由」の考察で、実名報道の社会的効用として4つ列挙しています。その第1に「制裁」を挙げたうえ、「しかしながら、犯罪に対する制裁は国家が独占的に行うというのが我が国憲法秩序の下での基本原則であるから・・本事件のように、刑の執行が完了し、刑の言渡しの効力もなくなっている状況下において、実名報道の制裁的機能がもたらす効用をプライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益として評価する余地は全くないか、あるとしても僅少である。」と指摘しています。
これは法律を学んだ者には常識なのですが、中等教育で法教育がない我が国では、フツーの人には常識ではないかもしれません。
表題の「忘れられる権利」とは、個人情報保護の分野で、2014年の欧州司法裁判所の判断を契機に認められ始めたものです。EUのGDPR(一般データ保護規則)でも第17条に規定されています。今年4月から施行された改正個人情報保護法でも、利用停止等(消去を含みます)請求権が強化されました。これを「忘れられる権利」を認めたものとは言いにくいですが、おそらく強く意識して改正されたものと思います。
他方、今月13日には、刑法が改正され、侮辱罪の罰則が厳罰化(1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金)されました。木村花さんの事件などSNSでの無責任かつ度を越した誹謗中傷の多発が契機となりました。
インターネットは人類社会をすっかり変えてしまうほど便利な道具ですが、その高度な技術を使いこなすには、私たちもそれに見合った「オトナ」になる必要がありますね。