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成果主義賃金制度への変更が認められた判例(東京商工会議所事件)

 賃金制度は「年齢給(+勤続給)+職能給」の年功序列型賃金を採用しておられる中小企業が多いと思います。
 そして、賃金制度を、年功序列型から成果主義型へ移行したいなぁ、と考えておられる経営者さんも多いのではないでしょうか?
 成果主義型「役割等級制」への給与規定の変更が、労働契約法10条違反としてその効力が争われた東京商工会議所の事件で、東京地裁(平成29年5月8日判決)は変更に合理性を認める判断をしています。この判決は、それ以上争われなかったため、確定しています。
 成果主義型の賃金制度へ移行する際、どういうことに気を付けて、どのような手続き、進め方をすればよいのか、参考になりますので、ご紹介しますね。

 先ず、賃金制度は「賃金規定」にしておられると思いますが、これは「就業規則」の一部になっているはずです。なので、賃金制度の変更は賃金規定の変更であり、就業規則の変更になります。
 就業規則の変更については、2007(平成19)年に制定された労働契約法が、第10条で次のように規定しています。これは、それまでに形成されていた、就業規則「不利益変更禁止」の判例法理を明文化したものです。

第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし(以下は省略)

 つまり、その就業規則の変更が禁止される「不利益変更」に当たらず、変更に反対の労働者に対しても効力を持つためには、次の要件が必要になります。

1)労働者への周知

2)変更が合理的なものであること
(①変更による労働者の不利益、②変更の必要性、③変更内容の相当性、④労働組合等との交渉状況、⑤その他、)


 先ず、判決は、東京商工会議所が就業規則を変更するに至った経緯や必要性を検討して、変更には経営判断として一応の合理性があるとしました。どのような賃金体系を採用するかは、事業戦略や人材育成の在り方に深く関わる事項であって、使用者の経営判断の尊重を要する、とも言っています。

 具体的に、判断の理由となった事実は次のとおりです。
 従前の年功序列型賃金体系は「年齢給+職能給+資格手当」で、すでに10年以上、大きな変更も無いままでした。変更の検討開始にあたり、職員等を対象にした調査も実施しています。
 近年は相談内容が高度化するなど会員や社会から期待される水準が高まっているところ、与えられた課題に対応するのではなく、課題を予測して事前に行動できる人材を育成し、企業や諸官庁と対等にやり取りできるようにする必要性が在りながら、現状は職員にそのような雰囲気が無く、その原因は人事評価制度に在るものと考えられました。
 職能給は5段階評価ながら3や4に評価が集中し、滞留年数に応じて昇給し、降給はなく、年齢給が半分以上を占めるため、職能等級が低い高年者が若い上位等級者より高給という逆転現象も生じていました。
 役割等級制への賃金制度の変更によっても賃金支給総額は維持されており、雇用政策の一環として、賃金の「配分」を見直す変更であることは明らかでした。

 次に、変更による労働者の不利益、については、まとめると次のように判断しました。
 原告はこの変更によって月額で約11%減額になります。しかしこれは役割等級評価をしてみれば原告の現在の賃金が高いという結果に過ぎません。その後に努力すれば増額の余地があるわけです。このように役割等級への変更は、評価次第で増額・減額のいずれもありうる制度であって、原告を含む職員全員に等しく昇給の機会が与えられるわけです。原告についての減額が、賃金体系変更の合理性を否定する決定的要素にまではならないとしました。

 制度変更の内容を少し詳しく説明すると、従前の「年齢給+職能給+資格手当」を「役割給」に一本化し、等級は8段階でマネジメントやリーダーシップの観点から役割を定義し、等級内では支給の上限と下限を定めて5段階で昇給も降給もあります。人事評価制度は目標管理と行動評価の手法に拠り、考課者に対する研修や異議申立て制度もあります。判決は、このような内容を以て、変更の合理性を基礎づけるに足りるものと認めました。
 さらに、経過措置として、変更による減額分は「調整給」として3年間で1/3ずつの減額に緩和することも、これを労働組合の要望に応じて設けたことと併せ、変更内容の相当性の判断理由にしています。

 労働組合等との交渉についても、内部検討を始めた当初から労働組合から要望等が出され、変更1年前には労働組合に対する説明を行い、その後もやり取りを継続し、最終的に就業規則変更の届出段階で異議は出されませんでした。職員に対しても、変更1年前から各職掌・階層ごとの説明会を行い、具体的なシミュレーションを示すなどして、最終的に原告以外の職員から意義や不満は表明されませんでした。

 この判決は、弁護士会の研修で菅野和夫東京大学名誉教授が紹介されていたものです。
 まとめとして、その研修での菅野先生のコメントをご紹介しておきますね。

【雇用システム見直しの中で行われている年功賃金制度から成果主義賃金制度への変更については、①制度改革の理由と内容を従業員に丁寧に説明すること、②組合ないし従業員代表の意見をよく聴取すること、③給与原資を縮小しないこと、④公正で双方向的な評価制度を構築すること、⑤当面生じる不利益に対し調整給などの激変緩和措置を採ること、などが重要と考えられる。】