下請労務費の転嫁交渉できてますか?
先月(2023年11月)29日、内閣官房と公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定・公表しました。
原材料価格やエネルギーコストの高騰に加え、最低賃金の引上げや人手不足などによる賃上げに苦しんでおられる中小企業も多いと思います。
「賃上げ分の価格転嫁なんてとても無理・・」とぼやいておられる中小企業経営者の皆さま、この指針を読んで奮起して、挑戦してみてはどうでしょうか。使える材料がいくつか見つかると思いますよ。
総論部分(特に「1 労務費の価格への転嫁に関する現状」)はとても興味深いので、そのまま引用しますね。
『公正取引委員会は、コスト構造において労務費の占める割合が高い業種を重点的な調査対象とし、「令和5年度独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査(以下「特別調査」という。)」を実施した。 この特別調査の結果、コスト別の転嫁率を中央値でみると、原材料価格(80.0%)やエネルギーコスト(50.0%)と比べ、労務費(30.0%)は低く、労務費の転嫁は進んでいない、という結果であった。平均値でみても、原材料価格(67.9%)やエネルギーコ スト(52.1%)と比べ、労務費(45.1%)は低く、同様の結果であった。 また、この特別調査の結果では、①ビルメンテナンス業及び警備業、②情報サービス業、③技術サービス業、④映像・音声・文字情報制作業、⑤不動産取引業、⑥道路貨物運送業の6業種が特にコストに占める労務費の割合(以下「労務費率」という。)の高い業種であった。そして、この6業種の労務費の転嫁に関する現状としては、そもそも価格転嫁の要請をしていない受注者が多い(②・③・④・⑤)、要請をしても労務費の上昇を理由としていない受注者が多い(④・⑤)、労務費の上昇を理由として要請し てもその転嫁率が低い受注者が多い(④・⑥)、という結果であった。他方で、価格転嫁の要請をしていない受注者が多いものの、要請した場合には労務費の転嫁率が高い受注者が多かった業種もあった(②・③)(「データ編」参照)。特別調査の回答者からの声としては、労務費の転嫁の交渉実態として、価格転嫁を認めてもらえたとする声がある一方で、
・ 労務費の上昇分は受注者の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるという意識が発注者に根強くある
・ 交渉の過程で発注者から労務費の上昇に関する詳細な説明・資料の提出が求められる
・ 発注者との今後の取引関係に悪影響(転注や失注など)が及ぶおそれがある 等の理由で労務費の価格転嫁の要請をすることは難しいとの声があった。』
各論では「事業者が採るべき行動/事業者に求められる行動」として、特に発注者(親事業者)には「発注者として採るべき行動/求められる行動」として、具体的に6つの行動を要請しています。
これも目次からそのまま引用しますね。
★発注者としての行動①
①労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取組方針を具体的に経営トップまで上げて決定すること、②経営トップが同方針又はその要旨などを書面等の形に残る方法で社内外に示すこと、③その後の取組状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップが更なる対応方針を示すこと。
★発注者としての行動②
受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること。
特に長年価格が据え置かれてきた取引や、スポット取引と称して長年同じ価格で更新されているような取引においては転嫁について協議が必要であることに留意が必要である。
★発注者としての行動③
労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること。
★発注者としての行動④
労務費をはじめとする価格転嫁に係る交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁による適正な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること。
★発注者としての行動⑤
受注者から労務費の上昇を理由に取引価格の引上げを求められた場合には、協議のテーブルにつくこと。労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと。
★発注者としての行動⑥
受注者からの申入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること。
上記のうちでも③の交渉資料と②の交渉機会は、下請け中小企業にとって使える材料になると思います。
行動③の労務費上昇の根拠資料については、何をどう計算して示していいかわからない、とか、コスト構造が取引先にバレてしまう、など下請け中小企業が交渉をあきらめてしまう最大の障害なのではないでしょうか?
それを、所在地域の最低賃金上昇や業界の労使交渉の妥結額など、自社個別資料ではないけど自社も関係する公表資料を親事業者側が受け入れるべき、というのは、中小企業にとって負担軽減効果は大きいと思います。
行動②の交渉機会も、下請け中小企業の側からはなかなか言い出しにくいものだと思います。
それを、親事業者のほうから声掛けすべきとか、定例化しろとか、公取委が言ってくれるのは、とっても気が楽になるのではないでしょうか?
また、親事業者側の取り組み事例としては、親事業者側で自社調達部門から独立した専門部署や相談窓口を設けている事例も紹介されていました。先進的ですね。
公取委といえば、10年くらい前、確か、60日ルールなど下請け法の規制強化を始めたころだったと思いますが、とっても失望した記憶があります。
知り合いの中小企業者さんが、外注先には現金払い、納品先からは手形払い、で苦労しながら頑張っておられたので、公取委に電話して、現金払いばかり規制しても手形サイト120日を規制しないのは本気で中小企業保護する気が無いのではないか、と意見を言ったところ、「手形120日は取引慣習で定着しているから規制する予定は無い、反対に、何が悪いのか?」とけんもほろろ、取りつく島もありませんでした。
今月(2023年12月)8日に経済産業大臣と公営取引委員会委員長の連名で関係事業者団体約1700に宛てて出された文書「下請取引の適正化について」には、手形サイトについても「<約束手形の現金化までの期間短縮の推進>」として、触れています。これもそのまま引用しますね。
『公正取引委員会及び経済産業省は、長期の手形等のサイトによる下請事業者の資金繰りの負担を減らし、下請代金の支払の更なる適正化を図る観点から、支払条件の改善に向けた取組を進めており、その取組の一環として、令和3年3月31日に、公正取引委員会と中小企業庁の連名で手形通達を見直し、関係事業者団体に対し、おおむね3年以内(令和6年内)を目途として可能な限り速やかに手形等のサイトを60日以内とすることなど、下請代金の支払の適正化に関する要請を行いました。また、令和4年2月16日及び令和5年2月22日に、それぞれ令和3年度又は令和4年度の定期調査の回答を基に、親事業者に対し、同様の要請を行っています。
また、当該要請に伴い、令和6年を目途として、サイトが 60 日を超える手形等を下請法の割引困難な手形等に該当するおそれがあるものとして指導の対象とすることを前提に、下請法の運用の見直しを検討することとしています。』
だって・・・。
時代は変わるものですね。
あのとき電話対応した担当者の名前、ちゃんとどこかにメモしといたらよかったナ。