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公害紛争処理制度(公害調停)

 昨年、PFAS(ピーファス:有機フッ素化合物)汚染問題に対して、沖縄や大阪で、公害調停が起こされました。

 PFASとは、炭素とフッ素の結合を中核とした人工的な有機フッ素化合物の総称です。代表的なものは、PFOS(ピーフォス)やPFOA(ピーフォア)です。
 PFASは、炭素とフッ素の結合が非常に強いため、強い撥水性や撥油性があって便利な一方、難分解性でもあります。消火剤や撥水スプレー、コーティング剤に広く利用されてきましたが、自然界で分解されにくいため、環境中や生物の体内に長時間残留します。人体にも蓄積されることによる悪影響が指摘されています。

 今回は、PFAS問題そのものではなく、この難しい問題の紛争解決手段として、住民の方々が選択した「公害調停」という制度について、ご説明したいと思います。

 公害調停とは、公害紛争処理法にもとづく公害紛争処理制度のひとつです。公害紛争処理制度は、裁判外紛争処理制度(Alternative Dispute Resolution:ADR)のひとつになります。
 スパイクタイヤによる粉じん被害の事件(昭和62年)や、豊島での産業廃棄物不法投棄事件(平成12年)、黒部川の出し平ダムの電力会社による排砂によって河口で漁業被害が生じた事件(平成19年)、などが有名です。

 公害紛争処理制度を利用できるのは、「公害に係る紛争」(公害紛争処理法 第1条)の場合です。
 この公害とは、いわゆる典型7公害、すなわち、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭、による人的被害(人の健康や生活環境の被害)、と定義されています(環境基本法 第2条第3項)。
 紛争解決手続きを行う機関として、各都道府県に公害審査会(略称は審査会)、国(東京)に公害等調整委員会(中央委員会、略称は公調委)が置かれています。
 紛争解決の手法として、調停等(あつせんや仲裁を含む話し合いによる解決)、と、裁定(機関の法律判断による解決)があります。裁定事件は、公調委しか行うことができません。都道府県審査会の権限は調停等だけですが、重大事件、広域処理事件、県際事件、は公調委の管轄になります。
 裁定には、責任裁定、と、原因裁定、があります。責任裁定とは、公害被害に対する損害賠償責任の有無を法的に判断する手続です。原因裁定とは、訴えられた加害者の加害行為と被害との間に因果関係があるか否かを法的に判断する手続です。公調委の委員長は元高等裁判所長官、委員にも元部総括裁判官、が定席のようです。

 ここで少し、公害被害の法律関係について説明しますね。
 公害被害に対する法的救済は、通常、不法行為法(民法709条~)に拠ります。
 短い条文なので、条文を見てみましょう。
『民法 第709条(不法行為による損害賠償)
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。』
 つまり、公害被害に加害者として損害賠償すべき責任が生じるための法律要件は、加害行為と被害との間の「因果関係」、そして、加害者の「故意・過失」、です。
 いずれも、裁判でも被害者にとって、もっとも主張や立証が難しい難関です。
 原因裁定はこの「因果関係」を、責任裁定はこの「故意・過失」を、それぞれ裁判同様に認定する手続きというわけです。

 では次に、公害紛争処理法が、裁判よりも被害住民の方々に選ばれる特徴、を見てみましょう。

 1つめは、専門家の知見を活用しうる点です。
 裁判官は法学部出身者がほとんどですが、審査会や公調委の委員には、公害の実態判断に関する理科系専門家が多く含まれています。

 2つめは、機動的な資料収集・調査ができる点です。
 民事裁判では、認定判断の根拠とする証拠や事実は当事者が提出したものに限られるのが原則(「弁論主義」といいます)ですが、審査会や公調委は必要に応じて自ら資料の収集や調査(「職権調査」といいます)を行うことができます。

 3つめは、申立ての手数料が裁判に比べて低廉なことです。
 総務省の公調委HPによれば、調停の申請手数料は裁判所の民事調停の約4分の1、とのことです。

 最後に、公害紛争処理制度の長所が発揮されたと私が考える事件を2つ紹介しますね。

杉並病原因裁定事件
 東京都の不燃ごみ圧縮・積替え中継施設の周辺住民が、同施設の創業直後から、頭痛、喉の痛み、めまい、動悸など多様な健康被害を発症したことに対し、公調委は、原因物質を特定することなく、同施設から排出された化学物質が健康被害の原因であると認定しました。
 原因物質を特定しないまま因果関係を認定することは、裁判では難しかったと思います。

豊島産廃不法投棄事件
 香川県が認めて業者によって持ち込まれた産業廃棄物による漁業・生活被害に対し、香川県と持ち込んだ業者、さらに排出事業者ら、と住民との間で、県による謝罪、廃棄物の搬出・処理、排出事業者による解決金支払(3億2500万8000円)、などを内容とする調停が成立しました。
 ボーリング調査費用2億3000万円が予備費支出(内閣が閣議決定)で賄われたこと、排出事業者らの賠償責任が認められたこと、は裁判では到底、難しかったと思います。


 PFASの公害調停も、沖縄での事件は米軍基地による汚染が問題であるため、「防衛施設」を理由に却下されてしまいましたが、大阪の事件では、PFAS汚染の難しい問題の解決に、公害紛争処理制度の長所が発揮されると良いなと思っています。

 あまり知られていない制度ですが、近隣騒音のような身近な公害被害でも、都道府県の審査会を利用することができます。
 公調委も審査会も、「公害被害」をなるべく広く解釈して、窓口広く運用されていますので、なんだかなぁ、と思われる公害被害があれば、利用も考えてみてください。
 そして、予め弁護士に相談するなら、公害や環境問題に通じた弁護士に相談されることをお勧めします。