労働審判手続
労使紛争といえば、戦後から高度経済成長の間は、労働組合と使用者の間の紛争(これを労働法分野では、団体的労使関係、団体的労使紛争あるいは集団的労使紛争、といいます)でしたが、1990年代初めのバブル崩壊を機に、個別労働紛争が急増しました。個別労働紛争とは、個々の労働者の賃金や労働時間、懲戒や解雇など、労働者と使用者の労働関係から生じる権利紛争をいいます。
司法制度改革のなかで、裁判所による専門的な個別労働紛争解決制度が求められ、2004年に労働審判法が制定、2006年4月から施行されて、労働審判手続が始まりました。
それ以前は、個別労働紛争の裁判所による解決は、通常の民事訴訟手続に拠っていました。労働審判手続はいわば、裁判所(大阪地裁の場合は労働専門部)による調停(裁判所での話し合い)と裁判(裁判官による効力ある判断)を併せたような手続です。そして今や、労働審判手続は、裁判所による労働関係紛争解決の中心となっています。
どんな手続きなのか、具体的に見ていきましょう。5つの特色があります。
特色その1_裁判官と実務家2名による労働審判委員会
審判手続をしてくれるのは、裁判官1名(労働審判官と呼びます)と労働関係の専門的な知識経験を有する2名(労使各1名、非常勤)(労働審判委員と呼びます)で構成される、労働審判委員会です。
個別労働関係の権利に関する紛争を処理するので、労働法や訴訟手続の専門家である裁判官と、労働現場の実情に詳しい実務家、を組み合わせ、法的かつ実情に応じた解決ができるようにしています。
特色その2_原則3回で終結する迅速な手続き
個別労働紛争は、労働者には生活がかかっているので、原則3回で終結しなければならないとされています(労働審判法 第15条2項)。
第1回期日は、申立てから40日以内に指定され、基本的に双方当事者はそれまでに主張や証拠のすべてを提出しなければなりません。審判委員会が争点整理やおよその心証形成を第1回期日でできるようにするためです。ですから、相手方(申立てを受けた会社側)は、実質数週間の間で、弁護士に依頼し、主張を整え、証拠を準備しなければなりません。会社側にとっては、労働審判の申立てを受けたら、第1回期日までの事前準備が勝負と覚えておいてください。
大阪地裁第5民事部(労働専門部)の当事者向け説明資料「労働審判事件の一般的な流れ」によれば、それぞれの期日の内容は次のように想定されています。
第1回審判期日:争点及び証拠の整理や審尋、調停案の提示、第2回審判期日の準備事項を決定する。
第2回審判期日:第1回審判期日で第2回審判期日に行うこととして確定した証拠調べを行う。
第3回審判期日:調停を試みたり、労働審判を行ったりする。
特色その3_調停成立は裁判上の和解と同じ効力
審判委員会による調停は、裁判と同様の主張整理や争点整理、証拠調べや審尋を行いながら為されるので、申立事件のおよそ7割が調停成立で解決しているそうです。
調停が成立した場合、裁判所が調書に記載しますが、その調書は裁判上の和解と同一の効力を持ち、判決と同じ執行力があります。
特色その4_審判
審判委員会による調停でも当事者が納得せず合意に達しないときは、労働審判委員会による判決ともいうべき、労働審判が下されます。労働審判の内容は、当事者の申立内容に拘束されず、審判委員会が解決のために相当と認める事項を定めることができます。
当事者が労働審判を受諾すれば、裁判上の和解と同一の効果を持ち、紛争は解決します。
特色その5_訴訟手続きへの移行
労働審判を当事者が受諾せず、2週間以内に異議申立てすると、労働審判は失効し、労働審判の申立てのときに遡って訴えの提起があったものとみなされます。
労働審判手続は、個別労働紛争の解決処理に特化してよく考えられた制度だと思います。実際、良く機能しているそうです。
ただ、申立を受ける会社側としては、申立てから第1回期日まで40日しかないところ、申立てされたことを知るまでの時間、それから弁護士に依頼するまで時間、の初動タイムロスがあるうえに、第1回期日の10日前までに答弁書(申立書に対する反論書)を提出しなければなりませんから、弁護士と打合せしたり証拠をそろえたりする準備期間は実質20日ほどしかありません。
労働審判に限らず、裁判に対応するには証拠が必要で、証拠とは、すなわち過去の記録です。
裁判になってから過去の記録をつくることはもちろん不可能ですが、記録があっても、整理ができていなかったりすれば、探し出すのも大変です。
日頃から、勤怠管理はもちろん、業務日報のみならず、できれば報告・連絡・相談も、書面やメールなどで記録に残すようにお勧めします。特に、重要な業務命令や懲戒に関連するやり取りは、必ず、書面やメールなど記録で残すようにしてください。