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気候変動訴訟

 今月10日、気候変動訴訟に関するオンラインセミナーがありました。
 日本でもマスコミで少しだけ報道された欧州の気候変動訴訟について、一原雅子氏(総合地球環境学研究所(略称「地球研」))のご報告からご紹介しますね。

 気候変動訴訟とは、国連環境計画(UNEP)で「気候変動に対する緩和、適応及び気候科学に関する法または事実を主要な争点とする訴訟」と定義されています。
 今世紀になってから、最初は主にアメリカやオーストラリアで、2007年頃からは欧米諸国を中心に政府や大企業に抜本的な取組みを求める戦略的な訴訟が提起がなされるようになり、パリ協定の2015年頃以降はさまざまな原告がいろいろな切り口で政府や大企業に気候変動対策を求める多様な訴訟が世界中に広がってきています。
 日本国内で日本のマスコミ報道だけ見ていると信じられないかもしれませんが、コロンビア大学の気候変動訴訟のデータベースを見たら(英語ですがグーグルが翻訳してくれますから大丈夫ですよ)、びっくりしますよ!
   気候変動訴訟データベース – Sabin Center for Climate Change Law (climatecasechart.com)

 このうち、画期的と称された判決を3つ、ご紹介しますね。


Urgenda最高裁判決

 オランダの環境保護団体Urgenda財団が886名のオランダ国民の利益を代表して、国が従来掲げていた温室効果ガス削減目標(2020年までに対1990年比で30%)を20%まで引き下げたことに対し、目標値を40%または少なくとも25%に引き上げるよう国に命じる判決を求めました。
 オランダ最高裁はオランダ政府に対し、2020年までに対1990年比で少なくとも25%の排出削減を実現するための適切な措置を講じるよう命じました。
 この裁判は、2013年提訴、最高裁判決は2019年、なので、グラスゴー気候合意の現在から見れば目標数値が低いのですが、画期的なのはその判断理由に在ります。
 画期的ポイントその1は、気候変動の脅威を「人権侵害」であると認めた点です。
 温暖化ガスは直接の健康被害は生じさせないので、温暖化ガスの排出が人権問題、なんて日本では想像できないかもしれません。しかし、判決は、地球温暖化を最大2℃に止めないとオランダ人を含む人類の生命、幸福、生活環境を脅威に晒すことは、気候科学と国際社会で同意されている前提である、として、その脅威が長い時間をかけて現実化するものであっても、それに対して国は適切な措置を講じる義務を負う、としました。
 画期的ポイントその2は、各国の温暖化ガス排出削減義務を肯定した点です。
 ウチは少ししか出してないから責任は無い、とは、日本の大気汚染訴訟でも被告企業が主張した理屈でした。しかし、判決は、いかなる国も他国に比べて自国の排出が比較的少なく、自国の排出を削減しても地球全体に対する影響は少ないことをあげて、自国の責任分担分を逃れることはできない、と判断しました。
 画期的ポイントその3は、温暖化ガス削減は国内の住民を守るために国が負う義務であるとした点です。
 政策決定における政府や議会の「裁量」は司法判断の大きな壁ですが、判決は政府に大きな裁量を認めつつ、気候変動政策の策定・実施が人権保障に直結する以上、政府の削減義務の外枠部分の確定は裁判所の判断事項であるとしました。

Neubauer(ノイバウアー)ら、対、ドイツ (憲法裁判所)

 ノイバウアー氏ら11名の若者が、ドイツ気候保護法が当時掲げていた温暖化ガス削減目標が、パリ協定の1.5℃目標達成に不十分であるとして、憲法裁判所に削減目標の引き上げを申し立てました。
 ドイツには「憲法裁判所」があり、国が国民に対して負う基本的人権保護義務違反を直接に訴えることが可能です。生命・身体に対する基本的人権に対する国の保護義務違反(ドイツ連邦共和国基本法(ドイツ連邦の憲法です)第20条a)が理由です。
 裁判所は、(当時の)2030年目標では同年以降に過酷な削減措置を採らざるを得ず、将来世代であるノイバウアー氏らの基本的人権が著しく制約されることになる、として保護義務違反を認めました。この判断は、カーボンバジェット(残された許容排出量)という概念を用いたこと、将来世代を包括した世代間衡平の観点に立ったこと、が画期的といえます。


RDS(ロイヤルダッチシェル)事件 ハーグ地裁判決

 オランダを拠点とする6つの環境保護団体とアフリカを拠点とする1つの環境保護団体、及び1万7379名の市民が、石油メジャーであるロイヤルダッチシェルを被告として、シェルグループ全体から排出される温暖化ガス削減量について、2030年までに2019年比で45%、少なくとも25%の削減を命じる判決等を求めて提訴しました。
 2021年5月、ハーグ地方裁判所は原告らの請求を上限で認容し、シェルグループ全体からの温暖化ガスの排出につき2030年までに2019年比で45%の削減を命令しました。
 被告は民間企業ですが、裁判所は「国連ビジネスと人権に関する指導原則」を含む複数の国際文書を引用して、私企業に不文上の保護義務を認めました。
 また、サプライチェーンを含むスコープ3まで排出削減義務の範囲を認めました。
 被告ロイヤルダッチシェルは控訴しましたが、他方で、取締役会メンバーに環境派3名を選任して経営体制の刷新もしました。

 
 日本でもこの間、石炭火力発電所に対する差止訴訟など気候変動訴訟が提起されましたが、日本の裁判所は依然として古色蒼然、原告弁護団は苦戦しています。
 日本政府は、2020年10月に2050年カーボンニュートラル表明、2021年4月には2030年46%(2013年比)削減目標を掲げているので、裁判なんてしなくても、ということかもしれません。
 しかし、日本の場合は、その目標達成のための施策の内容に少なからず不安を感じます。もちろん、施策の内容は行政裁量がほぼ無限定に認められますから、裁判で問題にするのは難しいです。
 しかし、二酸化炭素など温暖化ガスの排出削減さえすれば良いかの如く、原発新増設やアンモニア技術への傾倒は、他の欧米先進国の主要な流れと比べてみると、「大丈夫かなあ」と心配になります。

 日本国内に居てマスコミ報道だけ見ていると、世界の大きな流れが見えなくなることがあります。
 特にこの、脱炭素に向かう大きな人間社会の転換に関しては、意識して世界のいろいろな取り組みにアンテナを張り続けたいと思ってます。