固定残業代
残業代を、あらかじめ固定額として、基本給に含まれるものとして、払っておられる会社もあると思います。
固定残業代は有効なのでしょうか?
実際の残業題との関係はどうなるのでしょうか?
これらについては、2つの最高裁判例があります。
基本に戻って、先ずは労働基準法を見てみましょう。
いわゆる残業代については、労働基準法37条が「時間外、休日及び深夜の割増賃金」を規定しています。
ここで、「時間外労働」とは、法定労働時間(1日8時間、1週40時間、(労基法32条)、所定労働時間ではありません)を超える時間の労働です。「休日労働」とは、法定休日(所定の休日ではありません)における労働です。深夜労働は、午後10時から午前5時の労働です。
ご存知のとおり、その割増率は、時間外労働(1か月合計60時間まで)と深夜労働は2割5分以上、これを超える時間外労働は5割以上、休日労働は3割5分以上、ですよね。
割増賃金の趣旨は、法定労働時間等を遵守させて時間外労働(長時間労働)を抑制するとともに、労働者への補償も行うというものです。
労基法はさらに、37条の違反に対して、付加金(倍額)の支払(同法114条)、罰則(同法119条、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)も設け、遵守を徹底させようとしています。
このような労基法の趣旨からすれば、法定労働時間を超える労働には、たとえ1分1秒でも割増賃金の支払義務が生じます。実際には、事務処理が煩雑になるので、10分単位あるいは30分単位にしているところが多いと思いますが、その場合も切り捨てや四捨五入でなく、切り上げにしておかれるほうが安全です。
では、最高裁判例を見ていきましょう。
テックジャパン事件(平成24年3月8日 第1小法廷判決)
原告は、PCトラブル対応の派遣労働者です。派遣元との労働契約は、基本給月額41万円で、月間総労働時間が180時間を超えれば1時間あたり2560円が払われ、140時間に満たない場合は1時間あたり2920円が控除されます。法定労働時間(週40時間)から標準の月間労働時間を160時間として±20時間の範囲は基本給でカバーということのようです。
最高裁は、所定労働日数は月ごとに変動するから基本給41万円のうちの割増賃金部分を特定できないとして、時間外休日労働分の割増賃金が支払われていたとは言えない、と判断しました。
医療法人社団康心会事件(平成29年7月7日第2小法廷判決)
原告は医師で、雇用契約は、年俸1700万円、時間外手当は病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限り支払われ、通常の時間外業務は年俸に含まれるとされていました。
最高裁は、基本給や諸手当にあらかじめ含めて割増賃金を支払う方法自体は直ちに労基法37条違反とはいえないが、割増賃金が支払われたか否か判断するには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとして、年俸1700万円のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったから、割増賃金が支払われたとは言えない、と判断しました。
これらの最高裁判例から、「固定残業代」でも労基法37条違反にならないための要件は、次の3つといえます。
(1)明確区分性(判別可能性)
:基本給に含める場合には通常の労働時間分の賃金部分と割増賃金部分とを明確に区分すること
(2)対価性
:上記の割増賃金部分が何時間分の時間外労働(休日労働、深夜労働)をカバーするのかを明示すること(ここでもちろん労基法37条の割増率を下回ってはいけません)
(3)精算
:上記カバーする時間分を超える時間外労働(休日労働、深夜労働)には、別に割増賃金を支払うこと
なお、最近の下級審判決(阪急トラベルサポート事件(東京高裁平成30年11月15日判決)、フーリッシュ事件(大阪地裁令和3年1月12日))で、上記(3)の精算について、精算合意や清算条項までは不要、と判示されています。
また、労基法は36条で時間外労働の上限を設けましたので、これらを超える時間外労働を想定した固定残業代は、上記3つの要件を満たしても、違法となります。