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雇用ガラパゴス日本を読み解くおススメ本「ジョブ型雇用社会とは何か」

おススメする本は、
岩波新書「ジョブ型雇用社会とは何か ―正社員体制の矛盾と転機」です。
著者は、濱口桂一郎氏、労働政策研究・研修機構(JILPT)労働政策研究所長、です。

働き方改革に関連して、昨今にわかに「ジョブ型雇用」が言われるようになりましたよね。
確かに、欧米と日本では雇用の在り方がそもそも違うらしい、けど具体的にはどう違うのか?
日本も同一労働同一賃金の「ジョブ型雇用」に移行すべし、という議論もあるけど、そんなに簡単に移行できるの?
労働組合は、欧米では産業別なのに、日本は企業(会社)別だからダメ、っていうけど本当にそう?
などなど、実は、私も判らないことだらけで、ずぅっとモヤモヤが溜まっていました。
この本のタイトルを見たとき、これだ!って思って、すぐに買って読んだのですが、読み始めから期待以上! この間のモヤモヤが一気に吹き飛んで、自分なりの答えが出せました。

英語の勉強や欧米視察を通じてずうっと引っかかっていたことの意味も、ようやく判りました。

その引っかかっていたこととは、
・ホームレスといえば、日本では中高年者なのに、90年代のロンドンでは若者がほとんどだったこと
・「お仕事は?」と聞かれて、日本では「〇〇社に勤めています」と勤務先を答えるのに、欧米では「エンジニアです」とか「プログラマーです」とか職種で答えること
・「ご専門は?」と聞かれて、「一応ひと通り何でもこなせます」と答えると、欧米人には「この人、無能なんだ」と思われてしまうこと
・デンマーク(おそらく北欧は同様)で「我が国には労働基準法も最低賃金もありません。すべては(産業別)労働組合と使用者団体との協議によって決めます」と誇らしげに言われたこと

日本が今、働き方改革の対象にしているのは、「昭和な」働き方、すなわち、終身雇用、年功序列、企業別組合、の三位一体、と言われます。
しかし、これらは「現象」にすぎず、その根っこには「雇用」に対する本質的な考え方があります。
著者の濱口氏によれば、欧米の「ジョブ型雇用」は、仕事(ジョブ、いわば椅子)に値札が付いているのに対し、日本の「雇用」は「人」に値札を付ける「メンバーシップ型雇用」ということです。労働基準法にも無い「正社員」という用語は、まさしく、正式な構成員であること、いわば旗本御家人の直参、と考えれば、イメージできますね。

戦後の高度成長期を通じて完成された「日本型雇用」はいわば、地頭(ぢあたま)とやる気のありそうな若者を、先輩と上司がOJTによってド素人から鍛え上げる、という仕組みを伴う「メンバーシップ型雇用」なのです。
これに対して「ジョブ型雇用」では、「あなたのスキルは何?」が採用の基本条件ですから、若者のほうが熟年者より当然に不利。ロンドンで見たホームレスが若者だったのも頷けます。

「ジョブ型雇用」では、「管理職」も職種の一つです。欧米では、ビジネススクールを卒業したエリートの若者が最初から高給の管理職になるそうです。ちなみに、日本の労働基準法第41条1項2号の「管理監督者」も、もとは欧米流のジョブ型を前提に規定されているのですが、これが日本のメンバーシップ型に当てはめられると、幾多の判例に見るように、その線引きは複雑で判りにくいものになってしまいました。でも、高度経済成長時代の日本の企業戦士たちは、「いつかは俺も社長に」を夢にモーレツに働いたわけですから、機会平等という観点からは「メンバーシップ型雇用」も評価されるべきかもしれません。

地頭とやる気、打たれ強さ、だけで「平等」に競争していく世界は、出走者の均質性も前提にします。すなわち、新卒男子、です。女性、障がい者、中途採用、過年度卒業者、はそもそも競争の出発点に立てないか、立てても見えないハンディを背負わされています。この本で発見したことの一つは、障がい者にとって、むしろ「ジョブ型」の方が「メンバーシップ型」より優しい制度なのかも、と思いました。ちなみに、私は均等法前夜世代ですが、大学の女性の先輩に「男子には段ボール何箱も案内が届くけど、女子にはスーパーマーケット数社から来るくらいよ」と言われ、迷うことなく司法試験受験の決意を継続できました。

また、地頭とやる気で勝負、となると、それを客観的に、誰がどのように評価するのでしょうか?
90年代、日本が「失われた時代」に突入すると、年功序列による熟年者の高賃金、ポスト不足、に悩まされた経営側は「能力主義」を賃金体系に導入しました。それまでの右肩上り一直線から、途中で上り方を緩やかにしたわけです。これによって日本の労働者家庭は、2つの困難に直面させられたと思います。
ひとつは子供の教育費、もう一つは長時間残業、です。
年功序列賃金の右肩上がり一直線は、生活給すなわち子供の高等教育の費用も折り込んだものでした。2008年にフィンランドを視察したとき、大学の学費は無料、と言われました。欧州ではそれが普通のようです。親からの仕送りに頼れなくなった日本の学生は、卒業後も奨学金の返済に悩まされるようになりました。
次に、なぜ長時間残業になるかといえば、「やる気」を評価しようにも、フツーの上司には労働時間で計るしかないから、です。
「メンバーシップ型雇用」に「情意考課」すなわち「やる気」の客観的評価を掛け合わせれば、どうしても長時間残業、そしてパワハラの温床になってしまいます。

そして、ここまで読んでいただいて気付かれた方も多いと思いますが、「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型雇用」では、学校教育に求められるものが全然違う、という大問題です。
就職面接で「あなたのスキルは何?」と訊かれる若者に、今の日本の学校教育が「はい、私のスキルは〇〇です。」と自信を持って答えられるものを与えられているでしょうか?
私が中高生の時代、江戸時代の身分制度「士農工商」に引っ掛けて「普工商農」なんて嫌な言葉がありました。「偏差値」で輪切りにすると、上から、普通科高校、工業高校、商業高校、農業高校、の順になるという意味です。そして、当時の愛知県では「新設校」と呼ばれるカテゴリーが在って、それは設立時期が最近というだけでなく、意味なく無用に細かくて具体的な校則(髪の長さや服装、サブバッグに至るまで)、軍隊式(北朝鮮式?)の訓練、などが特徴で、これを問題視した当時の暴露本には、このような教育によって従順な中間層勤労者を育てることが目的、と書かれていました。余談ですが、この「新設校」の存在が当時の私に勉強を頑張る大きな動機付けを与えてくれました。

本の紹介というよりは、私の感想文になってしまいました、ごめんなさいね。
でも、「同一労働同一賃金」で欧米先進国と同じ「ジョブ型雇用」を実現!なんて言われても、よく判らんなぁ~とモヤモヤしていた方、この本をぜひ読んでみてください。
雇用における世界(少なくとも欧米先進国)の常識と、人権や労働分野における世界の議論を理解するには、この本は必読です。日本の来し方と現状、そして将来への課題も、見えてくるはずです。