継続雇用制度の賃金 最高裁判決
先月(2023年7月)20日、最高裁(第一小法廷)は、定年退職後の継続雇用制度の基本給と一時金について、定年退職時の基本給の60%を下回る部分については労働契約法20条(当時)に違反するとした地裁・高裁の判断につき、破棄・差戻しの判決をしました。
破棄・差戻しなので、最高裁の明確な判断が示されたわけではありませんが、何となく通例になっていた「雇用継続なら6割」が見直しされそうです。
先ず、労働契約法20条(当時)を見てみましょう。
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)第20条 *太字は筆者
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
なお、この条文は、働き方改革推進関連の法改正により、現在は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)の第8条になっています。
(不合理な待遇の禁止)第8条 *太字は筆者
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
パートタイム・有期雇用労働法の第8条には、「性質及び‥目的に照らして」が追加されていますが、これは旧労働契約法20条に関する最高裁判例が、同様の業務に従事する無期労働者・通常労働者との「相違(格差)」が不合理であるかどうかを判断する場合に、その相違する労働条件・待遇(賃金・手当や福利厚生など)の性質や支給目的に照らして考慮してきたことを反映しています。
それらの判例のうちから、今回の判例でも引用されているものを含めて、少しご紹介しますね。
メトロコマース事件 令和2(2020)年10月13日 最高裁第3小法廷判決
地下鉄構内の売店で販売業務に従事する従業員について、退職金が、正社員にはあるのに、契約社員には無い、という相違があったとしても、退職金が有する複合的な性質やその支給目的を踏まえてそれぞれの職務の内容等を考慮すれば、労働契約法(当時)20条にいう不合理と認められるものではない、と判断しました。
ハマキョウレックス事件 平成30(2018)年6月1日 最高裁第2小法廷判決
運送会社のドライバーの諸手当について、住宅手当については、転居を伴う配転がありうる正社員とそれが無い契約社員での相違は不合理とは評価できないが、皆勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当、については、労働契約法(当時)20条にいう不合理と認められる、と判断しました。
今回の最高裁判決の事案の特徴は、次の2点です。
① 有期雇用でも定年退職後の継続雇用制度である点
② 基本給や賞与(一時金)という労働条件の中核部分が問題になった点
では具体的に、本件の自動車学校の教習指導員の事案を見ていきましょう。
正社員の教習指導員で主任であった✕さんらは、定年退職し、その後に再雇用(継続雇用制度)され、嘱託職員(期間1年の有期雇用を65歳まで更新)として引き続き教習指導員の業務に従事しました。
✕さんらはいずれも、退職金を支給され、再雇用後は老齢厚生年金及び高年齢雇用継続基本給付を受給しました。
✕さんらの基本給は、定年退職時には月額16~18万円余りであったところ、再雇用後は月額7~8万円余りになりました。
✕さんらの賞与も、定年退職前の3年間は平均して1回22~23万円余りであったところ、嘱託職員一時金(正社員の賞与と同時期に支給)は1回7~10万円余りになりました。
継続雇用中、✕さんは2回にわたり、自動車学校側に対し、嘱託職員の労働条件の見直しや正社員との賃金の差について回答を求める書面を送りました。
地裁と高裁の判決は、✕さんらの業務内容や責任の程度、配置変更範囲は、定年退職の前後を通じて相違が無かったのに、嘱託職員の基本給や一時金は、勤続5年未満の正社員の基本給や賞与の額をも下回っているところ、これが労使自治の反映結果でもなく、生活保障の観点からも見過ごせないため、定年退職時の基本給の60%を下回る部分は、労働契約法20条(当時)にいう不合意と認められる、というものでした。
これに対し、最高裁は、次のように判断しました。
労働契約法20条が不合理な相違を禁止した労働条件には、基本給や賞与も含まれ、その性質や支給目的を踏まえてその他の諸事情を考慮することにより評価検討すべきである。
基本給について、本件正社員の基本給が、勤続給のみならず職務給や職能給としての性質をも有するとみる余地があり、その支給目的も確定できないところ、嘱託職員の基本給はこれと異なる性質や支給目的とみるべきであるが、地裁高裁判決では十分に検討されておらず、加えて、労使交渉をその他事情とするにしても十分に考慮されていない。
正社員の賞与と嘱託職員一時金についても、地裁高裁判決はこれらの性質や支給目的を何ら検討しておらず、労使交渉の経緯も十分に勘案していない。
こうして最高裁は、高裁判決が、正社員の基本給、嘱託職員の基本給、正社員の賞与、嘱託職員の一時金、のそれぞれについて、その性質(勤続給、職務給、職能給、など)や支給目的の検討、労使交渉の経緯の考慮、が十分でないまま、定年退職時基本給の60%を下回る部分について、労働契約法20条(当時)にいう不合理と認めたことは、同条の解釈適用を誤ったもので、自動車学校側が敗訴した部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため差し戻す、と判断しました。
ということで、継続雇用の基本金や賞与に代わる一時金について、最高裁の明確な判断が示されたわけではありませんが、この判決は、自動車学校側の申立てに対して、自動車学校側の敗訴部分を破棄するものなので、差戻し後の高裁判決は、嘱託職員側に不利な内容に変更されることが予想されます。
その場合、退職金を受領していること、老齢厚生年金や高年齢雇用継続基本給付金を受給したこと、が考慮されるのか否か、どのように考慮されるのか、にちょっと興味があります。
「昭和の働き方」である年功序列・終身雇用と定年制ですが、長寿命化と少子高齢化、働き方改革、を受けて、継続雇用制度は調整のための部分修正ともいえます。それ故、賃金体系の全体的合理性から見れば、いろんな場面で歪みが生じざるを得ません。
今、賃金のあり方や賃金体系の考え方が大きく変わろうとしています。
すでに70歳定年も努力義務化されています。
特に、昭和の頃からの賃金体系のままやっておられるところは、制度化の後追い対応に追われるばかりではなく、中長期的視点で賃金体系を見直されることをお勧めします。
その場合、その賃金や待遇の、性質と支給目的、を合理的に説明できるようにすることが肝要です。