相続人に対する株式の売渡し請求
同族経営の中小企業にとって、事業承継は、会社法や税法に加え、相続法も絡む、とても難しい問題です。
株主の人的要素が色濃く経営に反映する中小企業にとって、株主の死亡により、それまでは会社と何の関係も無かった人たちが、相続人として新たな株主となることは、一大問題でした。ほとんどの中小企業は、株式の譲渡に会社の承認(株主総会あるいは取締役会)を要する制限(会社法第136条~)をしていますが、相続は一般承継であって「譲渡」ではないので、この譲渡制限にはかかりません。
このような同族中小企業のニーズを満たすべく、会社法制定(平成18年5月施行)の際、あらたに「相続人等に対する売渡し請求」制度(会社法第174条~)が導入されました。
これは、会社が株式(譲渡制限付き株式)を取得した相続人に対し、相続人が売りたくなくても、一方的に、売渡してもらうことができる請求権です。
手続きや要件は、次のとおりです。
1 売渡し請求ができることを定款で定めます(会社法第174条)
定款で定めるには、株主総会の特別決議によって定款変更が必要です(会社法第466条、第309条)
この定款変更は、株主であった被相続人の死亡後でも良いとされていますが、できれば予め定めておくことをお勧めします。
2 売渡し請求をする際にも、請求する株式の数と請求の相手方を特定して、株主総会特別決議が必要です(会社法第175条1項)。
この株主総会では、請求の相手方は議決権を行使することができません(同条2項)
3 この売渡し請求は「会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から」1年以内にしなければなりません。
4 売買単価は、協議で決めますが、売渡し請求から20日以内に、会社または相手方(相続人)は裁判所に売買単価の決定の申立てをすることができ、裁判所が決めた額で売買が成立します。当事者の協議が整わないまま、裁判所に申立てもないまま、売渡し請求から20日が経過すれば、売渡し請求は無かったことになります。
5 会社が相続人から株式の売渡しを得る場合、自己株式の取得として財源規制(分配可能額の範囲)がかかります(会社法第461条1項)。
実際には、会社のオーナーである会長や社長が亡くなった場合、遺産分割協議がすんなりいかないことも、よくあります。
遺産分割協議が未了の間、現金以外の遺産は(遺言の在るものを除き)すべて、相続人の「準共有」(共有持ち分割合は法定相続分)とされています(判例)。株式も、各株式ごとに法定相続分による準共有となります。例えば、遺産株式1000株で、妻(法定相続分2分の1)、子2人(法定相続分は各4分の1)の場合、妻500株、子ら各250株、ではなく、1000株全部がそれぞれ1株ごとに、妻2分の1株、子ら各4分の1株、という関係になります。
株式が共有の場合、代表者1名を決めれば権利行使ができます(会社法第106条)が、その代表者の決め方について、共有持ち分の多数決という判例もありますが、全員の合意が必要とする反対説も有力です。
こうして、遺産分割協議が未了のまま、かなりの時間が経過してしまうこともあり得ます。
その場合、売渡し請求の期限である「1年」の起算点「会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から」は、被相続人の死亡時でしょうか? それとも遺産分割協議の成立時でしょうか?
平成19年8月16日の東京高裁決定は、「会社が当該株主の死亡の事実を知った日」と判示しました。
これだと、未だ充分でない数の株式しか保有していない社長は、多数の株式を持ったまま会長(父)が亡くなった場合、自分の経営権(総発行株式の3分の2以上、少なくとも過半数)を確保するためにこの売渡し請求権を活用するには、父親の1周忌も明けないうちに、残された母親や兄弟姉妹に対して、売渡し請求をする必要があります。
この場合、遺産分割協議は未了ですから、遺産株式の全部について、それぞれの法定相続分の持ち分の売渡し請求をすることになります。
平成24年11月28日の東京高裁決定は、相続人全員でなくても、一部の相続人だけも可能(例えば、母親には請求せず、兄弟姉妹にだけ請求する)と判示しました。
自社株式に譲渡制限を付けておられる会社の経営者さんは、この機会に、自社の定款に、相続人等(包括遺贈や合併も含まれます)に対する売渡し請求の規定があるかどうか、ご確認ください。
売渡し請求の規定が在ったとしても、社長や代表権は譲ったものの未だ多数の自社株式を保有したままの経営者さんは、自社の経営の安定のためには、生存贈与と遺言、生前譲渡、など、今のうちにもっと有効な「出来ること」をご検討いただけたらと思います。