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日光太郎杉事件

 行政法や環境法を知ってる人には、有名な判決ですよね。
 「古典」となった判決には、名前が付いています。他には、宇奈月温泉事件なんてのもあります。面白いでしょ。
 日光太郎杉事件は、日光東照宮の玄関口「神橋(しんきょう)」の北側にそびえる「太郎杉」を含む巨杉15本が、公園内を貫く幹線道路(国道120号、地図でみると「日本ロマンチック街道」と名前が付いていますね)の拡幅工事のために伐採される、という事態に対し、日光東照宮が原告となって、拡幅工事を目的とする土地収用の違法を理由に、事業認定などの取り消しを裁判所に求めた事件です。

 事業認定は昭和39年(最初の東京オリンピックの年ですね)4月、その年に訴訟提起(原告は東照宮、被告は建設大臣)、第1審は宇都宮地方裁判所で昭和44年に原告東照宮の請求を認める内容の判決でしたが、裁判例として有名なのは、その控訴審である東京高等裁判所による昭和48年7月13日に出された判決です。

 この判決が有名なのは、行政裁量に対する裁判所の審査の方法について示した唯一無二の判決で、古い判例ですが、今でも裁量審査のリーディングケースとされているからです。

 建設大臣が事業認定にあたって違反したかどうかが問題となった法令は、土地収用法20条3号です。
土地収用法(事業の認定の要件)
第二十条
 国土交通大臣又は都道府県知事は、申請に係る事業が左の各号のすべてに該当するときは、事業の認定をすることができる。
一 二 (略)
 事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。
四 (略)

 「適正かつ合理的な利用」って何?と思いますよね。
 そう、土地収用法は「公共の利益となる事業」のために私有地を強制的に(損失補償はするものの)収用するわけですから、ケースバイケースに拠らざるを得ないところがあります。ただ、無限定な自由裁量(好き勝手にできる)というわけではありません。
 判決では、その土地が収用されて事業が行われることによる、得られる公共利益と失われる利益(私有地ですが公共利益も含むとしています)、すなわち、事業内容、事業目的の公益、事業の策定経緯、収用される土地の状況やその私的・公共的価値、などの諸要素や諸価値、を、比較衡量することによる総合判断であるべき、としています。

 そして、建設大臣が、諸要素や諸価値の比較衡量による総合判断において、
①本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、
➁その結果当然尽すべき考慮を尽くさず、
③または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ(他事考慮)
④もしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価(過大評価)
したことによって判断が左右されたと認められる場合には、裁量判断の方法ないし過程に誤りがあるものとして違法となる、との裁量審査の枠組みを示しました。
 これが、この高裁判決のもっとも有名な部分です。

 これを具体的に当てはめると、

①②本件事業が目的とする公益は、道路拡幅によって現在および将来の交通量増加への対処であるが、他方、収用土地(本件土地)の状況やその価値や利益をみれば、本件土地付近は昭和9年に指定された日光国立公園の表玄関にあたり、神橋や社殿の人工美と樹林や清流の自然美が渾然一体となった荘重・優美な景観が国立公園のエッセンスともいうべき特別保護地区を形成し、日光発祥の地としての史実や伝説もあり、太郎杉を含む巨杉15本は、特別史蹟及び特別天然記念物である日光杉並木街道と同等程度以上の価値を有すると評価されるなど、かけがいのない高度の文化価値を有しており、それはひとたび改変されれば、二度と元に復することは事実上不可能であるところ、本件道路拡幅事業が実施されれば、神橋正面の丘陵部が太郎杉を含む15本の巨杉の伐採とともに削られ、代わりに高さ12mおよび5mの二段の石垣が長さ約40mにわたり構築されることで、景観は著しく損なわれ、道路拡幅に伴う自動車交通量も増加して、環境は荒廃、破壊されることになる。

①➁これらを比較すれば、本件事業による公益は、単に交通量増加への対処というだけでは足りず、本件土地のかけがいのない価値の犠牲を超える必要性がなければならないはずのところ、本件事業計画の立案において検討された四案(A~D)のうち、本件事業(A案)が採用された理由は、事業費が最安、工期も最短、だったからであり、C案(トンネル・バイパス)の事業費13億余でも、本件土地のかけがいのない諸価値や環境を保全するためには、高価とはいえない。

①②本件土地のかけがいのない諸価値や環境の保全は最大限尊重されるべきところ、この本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果、交通量増加への対処との調整の手段、方法の探求において、当然尽すべき考慮を尽くさなかったという点において、裁量判断の方法や過程に過誤があった。

③本件事業の必要性には、オリンピック開催に伴う外国人観光客による自動車交通量増加も挙げられているが、これは一時的、目前、臨時の事象であって、本来、考慮に容れるべきことがらではなかった。

④本件事業計画確定の可否を審議可決した昭和39年3月の自然公園審議会の判断には、前年3月の防風による本件土地の当時の状況が、将来も倒木や景観荒廃、樹勢の衰えが進行するとの予測に影響したと推認できるが、これらは本来、過重に評価すべきものではなかった。

 こうして判決は、
 本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果、当然尽すべき考慮を尽くさず(①②)、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ(③)、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した(④)点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、違法なものと認めざるを得ず、本件事業認定は土地収用法20条3号の要件を満たしていない違法があるから、本件事業認定処分は取消を免れない。
 と判断しました。

 実は、私はまだ、日光東照宮に行ったことが無いのですが、近い将来に行く予定があるので、太郎杉も神橋も杉並木も、これを遺してくれた人たちに感謝の想いを込めて、眺めてきたいです。