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中小M&Aガイドラインが改訂されました

 先月(2023年9月)、中小企業M&Aガイドラインが改訂されました。
 策定から3年が経過し、この間、行政や民間の取組にも一定の進展が見られ、中小企業にもM&Aが定着してきました。他方、M&A専門業者である仲介業者やFA(フィナンシャル・アドバイザー)に関して、契約のわかりにくさや、担当者による支援の質のばらつき、手数料体系のわかりにくさ(最低手数料の適用)などの課題が見受けられるようになったので、これに対応するため、今回のガイドライン改定に至りました。
 改訂版では、特にM&A専門業者向けの基本事項を拡充するとともに、中小企業向けの手引きとして仲介者・FAへの依頼における留意点等が拡充されています。
 また、参考資料として、M&A仲介業務委託契約書や基本合意書などの各種契約書等サンプル、や、M&A仲介契約/FA契約の重要事項説明書サンプル、中小M&Aの譲渡額の算定方法、などの説明資料や契約書ひな型が充実しています。

「中小M&Aガイドライン」を改訂しました (METI/経済産業省)

 ここで、中小M&Aがどのように進むのか、そのフロー図がガイドラインに示されています。
簡単な流れにしてみると

後継者不在 ⇒ 身近な支援機関に相談 ⇒ M&Aを決意
⇒ (仲介者・FAを選定する場合) ⇒ バリュエーション(企業価値・事業価値の評価)
⇒ 譲受側選定(マッチング) ⇒ 交渉 ⇒ 基本合意の締結
⇒ 財務・法務などのデューデリジェンス(DD)
⇒ 最終契約の締結 ⇒ クロージング
⇒ ポストM&A(PMI:クロージング後一定期間に行う経営統合作業)

改訂の主なポイントを見てみましょう。

○仲介者・FAの手数料の整理
 基準価額に段階的報酬割合を掛ける「レーマン方式」と最低手数料の併用(どちらか高いほう)が多いそうです。
 基準価額には主に、譲渡額(株式価額等の譲渡額)、移動総資産額(譲渡額+負債)、純資産額(資産-負債)、の算定方法があります。
 最低手数料は、ガイドライン掲載グラフによると、登録機関374のうち、最多は500万円(81社)、次が1000万円(71社)、次が200万円(52社)、のような分布で、500万円か1000万円が多いそうです。

○仲介契約等の締結前の書面による重要事項の説明
 重要事項説明書のサンプルがガイドラインの参考資料として示されています。
説明すべき重要事項の主なものは、
・仲介者・FAの違いと特徴(仲介者として両当事者から手数料を受領する場合にはその旨も)
・業務の範囲や内容(マッチングまで、バリュエーション、交渉、スキーム立案等)
・手数料に関する事項(算定基準、金額、最低手数料、既に支払を受けた手数料の控除、支払時期等)
・手数料以外に依頼者が支払うべき費用(費用の種類、支払時期等)
・秘密保持に関する事項(依頼者に秘密保持義務を課す場合にはその旨、秘密保持の対象となる事実、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等に開示する場合の秘密保持義務の一部解除等)
・直接交渉の制限に関する事項(依頼者自らが候補先を発見すること及び依頼者自ら発見した候補先との直接交渉を禁止する場合にはその旨、直接交渉が制限される候補先や交渉目的の範囲等)
・専任条項(セカンド・オピニオンの可否等)
・テール条項(テール期間、対象となるM&A等)
・契約期間(契約期間、更新(期間の延長)に関する事項等)
・契約の解除や中途解約に関する事項
・責任(免責)に関する事項(損害賠償責任が発生する要件、賠償額の範囲等)
・契約終了後も効力を有する条項(該当する条項、その有効期間等)
・(仲介者の場合)依頼者との利益相反のおそれがあると想定される事

 仲介契約・FA契約に特有の契約条項があり、その注意点が参考資料のチェックリストにも示されています。そのうちのいくつかをご紹介しますね。

○秘密保持契約
 秘密保持を確約する趣旨の契約で、NDA(Non-Disclosure Agreement)あるいはCA(Confidential agreement)と略され、内容は比較的定型的です。M&Aの遂行には必要不可欠な契約です。独立の契約書の場合もありますが、仲介者・FAとの業務委託契約書などの条項になっている場合もあります。定型的な契約の類型です。
 依頼する中小企業側にも秘密保持義務が課されている場合、対象や範囲をきちんと確認することの他、顧問などの士業等専門家や公的相談窓口(事業承継・引継ぎ支援センター)への相談に支障が無いことの明記あるいは確認が必要です。
 また、契約の有効期間や秘密保持義務の残存期間にも注意してください。

○専任条項
 マッチング支援等において、並行して他の仲介者・FAへ依頼することを禁止する条項です。
 不動産売買を仲介業者に委託する場合と同様と理解してください。専任にはメリットもデメリットもありますので、M&Aに必要不可欠ではありません。
 専任とする場合も、士業等専門家にセカンド・オピニオンを求めることに支障が無いよう、また、契約期間や中途解約の可否、を確認してください。

○直接交渉の制限
 これは改訂版で追加されたポイントです。そのまま引用しますね。
 「依頼者が、M&Aの相手方となる候補先と、仲介者・FAを介さずに直接、交渉又 は接触することを禁じる旨の条項が設けられることがある。直接交渉が禁じられる 相手方候補先の範囲、交渉・接触の目的、条項の有効期間等について、予め確認しておくことが望ましい(なお、仲介契約・FA契約とは別に、依頼者が仲介者・FAとの間で秘密保持契約といった契約を締結する場合も多くあるが、当該契約にも直接交渉の制限に関する条項が設けられていることがあるので留意されたい。)。」
 この条項は、M&A自体の遂行に必要というよりむしろ仲介・FA業者さんの利益(自己防衛)のためなので、依頼する中小企業者さんが拒否することも可能です。
 この制限を受け入れるにしても、M&Aの相手方となる候補先が従前からの取引先だったり知り合いだったりすることもあるので、交渉や接触の目的を候補先との間のM&A取引に関するものに限定させることが必要です。
 また、条項の有効期間は仲介契約・FA契約の契約期間と一致させるようにしてください。

○テール条項
 M&A未成立で仲介契約・FA契約が終了した後、一定期間内に譲り渡し側がM&Aを行った場合、その仲介者・FAが手数料を請求できることとする条項のことです。これも仲介・FA業者さんの利益(自己防衛)のための条項なので、依頼する中小企業者さんで拒否することも可能です。
 このテール条項を受け入れる場合も、期間の長さ(最長でも2年~3年以内が目安とされています)や、対象(基本的にはその仲介者・FA業者さんが関与、接触し、紹介した候補先とのM&Aのみに限定されるべきでしょう)について、きちんと確認してください。

○責任(免責)に関する条項
 これも改訂版で追加されたポイントです。これはチェックリストからそのまま引用しますね。
 「仲介者・FAの一定の関与により依頼者に損害が発生した場合における法令上の損害賠償責任について、その要件や賠償すべき損害の範囲等を修正する条項が設けられているか。損害が発生した場合に、仲介者・FA に適切に負担を求めることができる内容となっているか。」
 これは、仲介・FA業者の業務履行に落ち度があるなどして損害賠償の対象となる場合に、仲介・FA業者の損害賠償責任を制限、減額、免責させる条項が在る場合ですが、これも仲介・FA業者さんの利益のための条項ですから、依頼する中小企業者さんは拒否することができます。

○表明保証条項
 表明保証条項とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、一定の時点(一般的には最終契約締結時、クロージング時の両時点)において、当該契約に関する事項について、当該事項が真実かつ正確であることを表明し、かつその内容を保証する条項をいいます。これに違反した場合の損害賠償や契約解除などの条項も一緒に設けられているのが普通です。例えば、簿外債務は無いことを表明保証していたのに、実は労災事故が起こっていて多額の損害賠償責任を負っていた、とか、労使紛争は無いと表明保証していたのに実はあった、などです。
 この「表明保証条項」に関して、極めてリスクが高いなぁと常々思っているのは、事業場を敷地ごと譲渡するような場合に「土壌汚染が無いこと」を表明保証することです。汚染状況調査をしたことが無いなら言うまでもなく、仮に調査したとしても絶対に無いとは言い切れません。
 M&Aにおける譲り受け側のリスクを考えると、「表明保証条項」はM&Aに必要(不可欠?)なのかもしれません。ただ、表明保証をする場合は、真摯かつ慎重に、してくださいね。