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サプライチェーン人権尊重ガイドライン

正式名称は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」といいます。
昨年9月、「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」によって、策定、公表されました。

2011年6月、国連人権理事会において、「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持、承認されました。
この背景には、1990年代からのグローバル化の進展で、各国の大企業が自国より環境規制や労働規制の緩い国々に進出し、ひどい環境破壊や人権侵害を引き起こしていた問題がありました。

国連の指導原則は、3つの柱で構成されています。
第1は「人権を保護する国家の義務」、第2が「人権を尊重する企業の責任」、第3は「救済へのアクセス」です。
第2の柱で企業の責任として求められる具体的内容が、1)人権方針の策定、2)人権デューデリジェンス(DD)、3)救済、です。
人権デューデリジェンス(DD)とは、企業がサプライチェーンも含めた事業活動全般において、人権に対する負の影響を洗い出して特定・評価し、その影響を防止・軽減する措置を講じたうえ、その取組みの実効性を評価するとともに、そのような対処について説明・情報開示していく、一連の行為を指します。

国連指導原則を受け、北欧はじめ欧米先進国はもちろん、途上国でも次々と国別行動計画(NAP)が策定されました。
日本はようやく2020年10月に作成しましたが、第2の柱「人権を尊重する企業の責任」については「政府から企業への期待表明」として「人権デューデリジェンスのプロセスを導入することを期待」(太字は筆者)に止まり、CSR推進に次のステージを期待した関係者をガッカリさせました。
しかし、この行動計画のフォローアップの一環として2021年9月10月、経産省と外務省は共同で東証1部2部上場企業等を対象にアンケート調査を実施したところ、回答企業全体の約半数から「ガイドラインの整備」を政府に求める声が上がりました。
こうして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定、公表されたというわけです。

では、このガイドラインのポイントをいくつか見ていきましょう。

すべての企業が対象
国連指導原則もそうですが、このガイドラインも「日本で事業活動を行うすべての企業(個人事業主を含む)」が対象です。

人権方針の策定は、全社横断的に取り組むという、経営陣の決意表明
これは言うまでもありませんね。とかくCSRの取り組みは担当部門や担当者に任せっきりにされがちでしたものね。

「加害者かも?」の謙虚な視座
「人権リスク」というと、「紛争鉱物を知らずに掴まされてしまった」のような、自社経営への損害リスクを考えがちですが、人権DDで検討対象とするべき「負の影響」とは「サプライチェーンを含む自社事業活動によって誰かの生命・身体や生活環境に何らかの被害(負の影響)を与えている(あるいは与えてしまう)のではないか?」という視点で考えなければなりません。

「人権」は国際水準で考える
国連指導原則でもこのガイドラインでも、「人権」は国際的に認められたものをいい、少なくとも、国際人権章典で表明されたもの、及び、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則、が含まれます。日本国憲法に明記されていなくても、まして、当該現地の法令に規定がなくても、国際的に認められたものであれば「人権」ですし、反対に、国際的に認められていなくても、当該現地の法令で認められていれば、それを遵守すべきは当然です。

取組みの対象範囲は「サプライチェーンその他のビジネス上の関係先」(サプライチェーン等)
中小企業にとっては、取引先や関係先の大企業が実施する人権DDに「サプライチェーン等」として巻き込まれる場合が多いと思います。
「サプライチェーン」とは、自社(人権DD実施企業)の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する「上流」と、製品・サービスの販売・消費・廃棄等に関係する「下流」を意味します。
「その他のビジネス上の関係先」とは、サプライチェーン上の企業以外の企業であって、人権DD実施企業の事業・製品・サービスと関連する他企業を指し、具体的には例えば、企業の投融資先や合弁企業の共同出資者、設備の保守点検や警備サービスを提供する事業者等が挙げられます。
丸投げ、トカゲのしっぽ切り、はNG
人権DDによって防止・軽減すべき人権に対する「負の影響」には3類型あります。1)自ら引き起こす場合(例えば、自社従業員に危険な労働環境、周辺地域への公害)、2)助長する場合(例えば、無理な納期によって下請労働者に長時間労働、投資先企業の公害を見て見ぬふり)、3)直接関連する場合(例えば、下請企業が児童雇用業者に再委託していた、融資先企業が現地住民に立退き強制)、です。
ガイドラインでは「(人権DD実施)企業が、製品やサービスを発注するにあたり、その契約上の地位を利用して取引先に対し一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求した場合、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある。」(12頁)としています。
また、従来の実務では、基本契約書などに人権リスクに関する表明保証条項を入れさせたうえ、人権リスクが発見されれば表明保証違反として契約解除する条項を入れて対応していました。しかし、ガイドラインでは取引停止について「まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきである。したがって、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきである。」(22頁)としています。
最近の実務の傾向は、サプライヤー行動規範を定めて遵守を求めるものに代わってきています。

「ステークホルダーとの対話」の活用と重要性
ステークホルダーとは、例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者(人権活動弁護士など)、周辺住民、先住民族、投資家・株主、国や地方公共団体等、です。具体的な事業活動に関連して、影響を受け又は受けうる利害関係者を特定する必要があります。
ステークホルダーとの対話(エンゲージメント)が何故に重要かと言えば、「負の影響」を特定・評価するにも、防止・軽減策を検討・実施するにも、その実効性を評価するにも、自社の調査能力だけでは不十分で、これらステークホルダーからの情報収集、協働、などが有効だからです。
人権DDは、サプライチェーンを含めた事業活動の誰かの人権に対する負の影響を、特定・評価⇒防止・軽減⇒実効性評価⇒説明・情報開示、のPDCAを回して継続的改善を図っていくわけですが、このPDCAが上手く回るようなドライブの役割をしてくれるのがステークホルダー、と考えてください。

国連指導原則を受けて、欧州ではすでに、人権DDの実施や開示を義務付ける立法が為されています。
英国の現代奴隷法(2015年)、フランスの企業注意義務法(2017年)、が有名ですが、ドイツもサプライチェーン法を今年1月から施行します。
ドイツのサプライチェーン法は、従業員3000名(来年以降は1000名)以上のドイツ国籍あるいはドイツ国内に支店又は子会社を持つ外国企業の直接間接取引先は同法の人権DDの対象となります。ドイツの自動車メーカーや工作機械メーカーなどと直接間接の取引のある日本の中小企業も対象ということです。
EUは、欧州委員会が昨年2月、一定規模以上の企業に対して人権及び環境に関するDDを義務化する「企業持続可能性デューデリジェンス指令案」を公表しました。

日本も、上場企業に対しては、有価証券報告書における情報開示という形で、サステナビリティに関する取組みが求められるようになりました。
昨年6月に金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告書が出され、金融庁は11月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案を公表したうえ、今年1月31日に内閣府令が改正されました。今年3月期の有価証券報告書からサステナビリティに関する開示が求められます。

中小企業もゆくゆくは自ら人権DDを実施することになりますが、当面は「サプライチェーン等」として取引先等から調査や取組みを求められることになります。
そんなとき、また負担が増える~、とマイナスにとらえないで、日頃の無理難題や抑圧を是正してもらうチャンス、ととらえてみてはどうでしょうか?
このガイドラインは、そのための有力な武器として使える可能性があると思います。