国際司法裁判所 気候変動勧告
先月(2025年7月)23日、国際司法裁判所(ICJ:The International Court of Justice、オランダ・ハーグ)は、国連総会の要請(国連総会決議77/276)に応じて、気候変動に関する国家の義務についての勧告的意見を公表しました。
国際司法裁判所とは
国際司法裁判所は「世界法廷」として知られ、総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、事務局、と並ぶ国連の6つの「主要機関」の1つです。国家間の紛争を解決する手段として、1945年6月に設立されました。
国際司法裁判所の役割は2つです。
国により提起された法的紛争を国際法に従って解決判断すること(「係争事件」)、と、国連機関等から諮問された法的問題に対して勧告的意見を述べること(「勧告的意見手続」)です。
15名の裁判官で構成され、総会と安全保障理事会によって選出されます。任期は9年で、3年ごとに3分の1ずつ改選され、再選可能です。裁判官は自国政府を代表せず独立しており、1つの国籍から1人しか選出されません。
日本からは、2018年6月に岩澤雄司氏が裁判官に就任され、今年1月から所長として、今回の勧告も岩澤氏が読み上げました。
勧告に至る経緯
この勧告に至る最初の運動を起こしたのは、南太平洋大学で法学を学ぶ島嶼(とうしょ)国出身の学生27人だったそうです。これが2020年には、世界中の若者たちによる「World’s Youth for Climate Justice(気候正義を求める世界の若者たち)」キャンペーンと連携し、やがて、バヌアツ政府を動かしました。
2021年9月にバヌアツは、気候変動に関する勧告的意見を国際司法裁判所に求めることを発表し、これが世界各国の共感を呼び、合計132か国の共同提案国を得て、2023年3月29日、国連総会決議77/276「気候変動に係る諸国の義務に関する国際司法裁判所への勧告的意見の要請」のコンセンサス可決(明確な反対国がないことを意味)に至りました。
勧告的意見の要請は、2023年4月12日付け国連事務総長書簡により国際司法裁判所に伝達されました。審理には、各国および国際機関から91件の陳述書ならびに62件の書面コメントが提出され、2024年12月に開かれた口頭審理では、96か国および11の国際機関が陳述を行いました。これは、国際司法裁判所(前身の国際常設司法裁判所も含め)の歴史において最も多い数だそうです。
そして出された今回の勧告的意見は、裁判官全員一致で採択された結論です。
では、勧告の内容と意義を見ていきましょう。
(⋆原文は長文の英語なので、国際司法裁判所のプレスリリース版からの紹介でお許しくださいね。)
国連総会が国際司法裁判所の意見を求めた質問は、次のような内容でした。
(a)国際法の下で、国家が、国家と現在および将来世代のために、温暖化ガスの人為的排出から気候システムその他の環境を守るべき義務は何か?
(b)これらの義務の下で、国家が、その作為・不作為により気候システムその他の環境に重大な損害を生じさせた場合に、
(ⅰ)各国(特に地理的条件や開発レベルにより、気候変動の被害や影響を受けたり、気候変動に特に脆弱な、小さな島嶼開発途上国を含む)に対して、
(ⅱ)気候変動の影響を受ける現在および将来の人々や個人に対して、
その法的帰結は何か?
国際司法裁判所の意見は、次のようなものでした。特徴的な点を紹介しますね。
〇法的義務の根拠となる「国際法」は気候変動関連条約に限られない。
日本も含め、米国、中国、ロシア、などは、気候変動関連条約(気候変動枠組条約、京都議定書、パリ協定)に限られ、よってもっぱら締約国のみが義務を負う、と主張しました。
これに対して国際司法裁判所は、「国際法」に、慣習国際法、気候変動関連以外の環境条約、国連海洋法条約、国際人権法、も含まれるとし、義務主体は気候変動関連条約の締約国に限られないと判断しました。
トランプ政権が米国を脱退させても、義務は免れないということになります。
〇パリ協定の1.5℃目標が法的義務であることを明言
以下は、プレスリリース(英文)からbing翻訳で引用しますね。
―(e)パリ協定の締約国は、共通だが差異のある責任と、それぞれの能力に従って、協定に定められた温度目標を達成するのに十分な貢献を行うために、適切な注意をもって措置を講じる義務があります。
(f)パリ協定の締約国は、温暖化を産業革命前の水準から1.5°Cに制限するという温度目標を達成する能力がある、逐次的かつ進歩的な国別に決定された貢献を準備し、コミュニケーションを取り、維持する義務があります。
(g)パリ協定の締約国は、逐次の国別に決定された貢献で定められた目標を達成するための措置を追求する義務があります。
2021年のIPCC第6次評価報告書によって、地球温暖化の原因が人間活動によるものであることが科学的に確定されましたが、パリ協定の1.5℃については、「目標」だから努力すれば足りる、みたいなところがありました。
世界法廷である国際司法裁判所が「法的義務」と明言した意義は大きいと言えます。
〇気候変動対策は人権問題
― 各国は、国際人権法に基づき、気候システム及び環境の他の部分を保護するために必要な措置を講じることにより、人権の実効的な享受を尊重し、確保する義務を負っている。
日本ではまだ、地球温暖化問題は政治問題、という認識が一般的ですが、世界の常識に後れてしまったようです。
〇民間企業等の活動にも責任
― 私的アクターに関連して、裁判所は、問 (a) に基づいて特定された義務には、国家が私的アクターの活動を適正に監督する義務を含むことを指摘しています。したがって、この文脈での帰属は、規制の適正な配慮を行わなかった国家の自らの行動または不作為に付随します。したがって、国家は例えば、管轄下の私的アクターによって引き起こされる排出量を制限するために必要な規制や立法措置を取らなかった場合、責任を負うことがあります。
民間企業に対しても、パリ協定の1.5℃達成に見合った規制や誘導を怠ると、国として責任を問われることになります。
〇気候システムその他の環境保護義務の違反は、国際違法行為として、差止、完全賠償、再発防止保証
― 裁判所は、総会が提出した質問(b)に対して次のように回答する。
― 質問(a)に対する回答で特定された義務に対する国による違反は、その国の責任を伴う国際的に不法な行為を構成する。責任国は、違反された義務を履行する継続的な義務を負っています。国際的に不法な行為の実行から生じる法的影響には、次の義務が含まれる場合があります。
(a)不法行為または不作為が継続している場合の停止。
(b) 状況に応じて、不法行為または不作為が繰り返されないことの保証および保証を提供する。
(c)不法行為と傷害との間に十分に直接的かつ確実な因果関係を示すことができることを含め、国家責任法の一般条件が満たされることを条件として、賠償、補償、および満足の形で被害国への完全な賠償。
国際社会レベルで、国内の不法行為法と同様の責任を負う、ということですね。
どうですか?
日本でも報道されましたが、国際司法裁判所の勧告的意見には「法的拘束力はない」という部分が強調されていたように思います。
確かに、法的拘束力はありませんが、それは法的効力のうち「執行力」(強制力を以て、当事者の意思に反して強制的に実現させる効力)がないというだけであって、判断内容の対世効(社会全般に判断内容が客観的に通用する効力)はもちろんあって、国際社会における判断内容の権威性は十分です。
それにしても、日本人が国際司法裁判所の所長なんてスゴイ!!って感激したのに、実は、国際社会での日本政府はといえば、米国に追随し、中国やロシアと同じ主張をしていたなんて、情けないし、恥ずかしいです。
詳しくちゃんと知りたいけど長文英語はちょっと・・という方には、国立研究開発法人国立環境研究所の久保田泉主幹研究員の解説↓がおススメです。
法の支配に基づく新たな気候変動対策時代の幕開け —国際司法裁判所の勧告的意見を読み解く|コラム|国立環境研究所 社会システム領域