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優越的地位の濫用

 下請けイジメの文脈でよく登場するのが、独占禁止法の優越的地位の濫用(2条9項5号)です。
 ただ、独占禁止法の条文はとっても読みにくくて判りにくくて、さらに、公正取引委員会の一般指定やらガイドラインやら読むべきものがいっぱいあって、とても素人の手に負えるものではありません。

 独禁法の第一人者である、白石忠志 東京大学教授によれば、独禁法による規制対象は、次の4つの類型で考えられるそうです。
   〇競争停止:カルテルが典型ですね
   〇他社排除:競争相手を市場から不当な方法で排除すること
   〇搾取:これが優越的地位濫用です
   〇企業結合:大合併ですね
 このうち、中小企業の救済に関係するのは、他社排除の「不公正な取引方法」と、搾取の「優越的地位の濫用」です。

 ところで、意外ですが、アメリカの競争法(日本の独禁法にあたります)には「優越的地位の濫用」に対する規制が無いそうです。その理由は、アメリカの競争法が、もっぱら公正競争阻害規制を理念とし、当事者間の実質的公平担保には関心が無いからだそうです。自己責任主義のお国柄なんですね。ちなみに、フランスやドイツ、EU競争法には日本の独禁法と同様の経済的従属関係の濫用規制があるそうです。

 余談ついでに、白石忠志先生は、10年以上前に弁護士会の研修で初めてお話を聞いたのですが、とっても判りやすくて面白くて、以来、大ファンです。なんと、YouTubeで「独禁法講義」を公開しておられます。難解なはずの内容を、簡潔なレジュメと軽妙な語り口で、図解を交えながら判りやすく解説していただけます。おススメです。

 中小企業にはお馴染みの「下請法」は、独禁法の優越的地位濫用規制の特別法的な位置づけです。ただ、機動的に取り締まるために、違反要件が画一的形式的に決められており、いわゆる下請けイジメ(改正後の法名なら中小取引先イジメ)を網羅できるわけではありません。下請法(取適法)の形式要件から漏れた「イジメ」に対しては、独禁法の優越的地位の濫用を検討することになります。

 独禁法の優越的地位の濫用は、不公正な取引方法の一部として規定された法2条9項5号に拠ります。その条文を見てみましょう。

第二条
⑨ この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう
五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること

 ここであきらめないでくださいね。
 白石先生の「独禁法講義」によれば、ハの「その他」以下(太字の部分)が包括的な一般条項となっているので、その前の、イやロやハの前の部分を読み込んでもあまり意味はないのだそうです。
 安心しました?
 結局、主な要件は、「優越的地位」と「濫用」です。
 その内容を次に説明しますね。優越的地位にある当事者を甲、その相手方を乙としますね。

優越的地位とは
 ひとことで言えば、乙にとって甲と取引する必要性があれば甲は乙に対して「優越的地位」にあると考えます。これを取引必要性基準といいます。
 ガイドラインでは、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、甲が乙にとって著しく不利益な要請を行っても、乙がこれを受け入れざるを得ないような場合、としています。

濫用とは
 条文の五号本文では「正常な商慣習に照らして不当に」と表現されています。ただ、現実の商慣習に合致した行為であっても、その商慣習それ自体が好ましくない場合は「濫用」とされることもあります。
 白石先生の「独禁法講義」によれば、濫用の根拠は大きく2種類に分類され、これらの考慮要素が総合的に判断されます。一つは、あらかじめ計算できない不利益を与える行為、で、例えば、納品後の減額、セブンイレブンがした見切り販売禁止、などです。もう一つは、合理的範囲を超える不利益を与える行為、で、例えば、甲が乙に乙の仕入価格をも下回る低価格で納入させる行為、三井住友銀行がした不用品抱き合わせ、などです。

 では最後に、独禁法の有名事例から、中小企業が乙の側で登場する2つの事例を簡単にご紹介しましよう。

三井住友銀行事件(公取委平成17年12月26日勧告審決)
   :融資先に対する金融商品の購入強制
 平成17年当時、銀行業界第1位であった三井住友銀行は、収益増加を目的に金利スワップ販売を強化していたところ、他行乗り換えが困難な中小融資先に対し、「金利スワップの購入が融資条件、金利スワップを購入しなければ不利な扱いになる」などと言って、金利スワップの購入を余儀なくさせました。

NTT東日本事件(最高裁平成22年12月17日第二小法廷判決)
   :排除型私的独占
 東日本地区で光ファイバ設備を保有してFTTHサービスを提供する事業者には、NTT東日本の他に有線と東電もいたが、両社は地域が限られ芯線数も少ないなどから、接続相手とはされにくいため、東日本地区におけるFTTHサービス提供の川上市場は、ほぼNTT東日本の独占状態にありました。
 光ファイバ設備保有事業者に接続して、エンドユーザーにFTTHサービスを提供する川下市場において、川下市場の事業者でもあるNTT東日本は、他の事業者が支払うべき接続料金を下回るユーザー料金を設定していました。
 公取委は、 NTT東日本のこの行為は、光ファイバ設備を保有しない他の電気事業者がNTT東日本の光ファイバ設備に接続してFTTHサービス事業に参入することを困難にし、これを排除し、FTTHサービスの取引分野における競争を実質的に制限するものとして、私的独占の成立を認めました。
 これに対してNTT東日本が裁判で争いましたが、最高裁はNTT東日本の主張を認めない判断をしました。

 それにしても、「銀行や大手に逆らったらどんな目に遭わされるかわからない」と泣き寝入りする中小企業者も多いなか、これら事例当事者の事業者さんは、巨大な相手を恐れず、公取委に救済を申し立てたんですねぇ、エライ!!

 昔と違って、国や政府も本気で中小企業の振興に取り組み始めていると感じます。

 「これって『優越的地位の濫用』じゃないの?」って感じたら、迷わず、先ずは、弁護士に相談するようにしてくださいね。