最近の土壌汚染判例
先日(3月29日)、NPO土壌汚染対策コンソーシアム(略称:NPO-CSCC)のセミナーで、「土壌汚染に関わる最近の判例、情報公開制度の知識」と題して講演しました。
NPO-CSCCは、土壌汚染対策法の成立・施行に合わせ、土壌汚染問題は、将来世代に負の遺産を引き継がせないため、現在世代が社会全体で協働して解決すべきであるという理念のもと、土壌汚染対策に関わるゼネコン、調査会社、事業会社などが会員となって、平成14年に設立されました。
NPO土壌汚染対策コンソーシアム
土壌汚染問題には土地売買や賃貸など土地取引の法律知識も必要ということで、弁護士の私にもお声がかかり、2009年頃から土壌汚染判例の紹介や土地取引に関する法律知識のセミナーをするようになりました。
好評ということで、毎年恒例でセミナー講演しています。
今年は3つの判例をご紹介しました。
東京地裁 令和元年11月29日判決(民事訴訟)
ガソリンスタンド(GS)に因る汚染が、敷地のみならず隣の土地まで及んでしまった事例です。この裁判の前に、隣の土地の所有者AさんがGS経営者Bさんを訴えた裁判があり、その裁判(前訴)は平成17年10月に、和解で終わっていました。和解では、Bさんが浄化工事(オッペンハイマー法:油分を微生物分解する浄化法)をして平成18年末までにベンゼン濃度0.01mg/L(環境基準)にすることが決められていました。しかし、Bさんは期限までに基準までの浄化を達成できませんでした。その後、Aさんは土地を他に売却した後に死亡し、BさんもGS跡地を売却(和解のBさんの地位も引き継ぎ)しました。この裁判は、Aさんの相続人がGS跡地の買主を訴えたもので、その理由は、汚染によって土地を安く売らなければならなかった減価分の損害賠償請求です。
裁判所は、原告(Aさんの相続人)の請求を認めませんでした。理由は、被告(GS跡地の買主)がAさんの死亡後に行った汚染調査ではベンゼン濃度が0.001mg/Lであったことから、Bさんが浄化工事を終了した後もベンゼン濃度は低下し続けていたと推定し、Aさんが土地を売却する数か月前にはすでに、前訴和解の浄化義務が達成されていたと推定できるため、ということです。
東京地裁 令和2年3月2日判決(民事訴訟)
準工業地域の、もと東電資材置場の土地を買い受けた小麦粉等食材卸業会社(原告)が、想定を超える埋設物(廃棄物等)や汚染が在ったとして、売主の不動産会社(被告)を瑕疵担保責任(改正前民法)で訴えた裁判です。
小麦卸会社にしてみれば、隣地を入手して「宅地開発」を掲げる不動産会社から、宅地開発されれば近隣住民から生活環境クレームを受ける、との恐れに付け込まれ、汚染土地を高く売りつけられた、という思いがあったかもしれません(あくまで私の勝手な推測ですが)。
判決は、原告の請求を認めませんでした。準工業地域であること、売主が行った地歴調査や土壌汚染状況調査の報告書が原告に交付されていたこと、契約書の特約にもかなりの残置物の存在と対応が明記されていたこと、などから、売買契約当時、ある程度の埋設物(廃棄物含む)や汚染は当事者間で想定されていたと認め、これを前提に、未確認の埋設物についても原告負担とする合意であったと解釈し、汚染(油)については平成18年「油汚染対策ガイドライン」に拠り、本件では掘削除去や油分浄化対策が必要とは認められない、としました。
大阪高裁令和元年12月17日行政訴訟(行政文書情報公開請求)
森友学園が小学校用地として払い下げを受けた国有地の売買契約書を対象とする情報公開裁判です。
原告は豊中市の市議さんです。この国有地はもと大阪空港による騒音障害が著しい区域で、普通財産とされた後に豊中市が公園整備を計画したのですが、国が時価を求めたため断念した、という経緯がありました。
売買契約書の売買価格部分と瑕疵担保免責特約等条項部分(価格算定における減価要因が記載)が、森友学園の法人としての権利や競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある(情報公開法第5条2号)として、不開示にされていました。原審の大阪地裁判決は、売買価格部分を不開示にしたのは違法と判断しました。
この高裁では、減価要因が記載された瑕疵担保免責特約等条項部分の不開示の違法性が争われました。
判決は、減価要因が記載された瑕疵担保免責特約等部分の不開示についても、違法と判断しました。理由は、国有地の売買代金額は公表すべき情報であるところ、減価要因も価格形成上の算定根拠として売買価格と密接な関係にあり、売買契約書の売買価格部分と減価要因部分(瑕疵担保免責特約等条項部分)も一体的判断が為されたはずというものです。
土壌汚染判例は、典型的な、土地売買の買主が売主を瑕疵担保責任で訴える、という民事裁判は、平成24年ごろがラッシュでした。最近は、汚染が懸念される土地は予め何らかの汚染調査が為されるのが一般化したためか、そのような裁判はほぼ見られなくなりました。
ご紹介した判例事案のように、最近では、何らかの汚染調査は為されたうえで、未確認の、あるいは想定を超える汚染を、だれが負担すべきなのか、が問題になっています。土壌汚染裁判も第2ステージに入ったようです。
昨年4月施行された改正民法では、「瑕疵担保責任」から「追完履行請求権」に代わり、「瑕疵」も「契約不適合」に代わりました。契約書の重要性が増したと言えるでしょう。
汚染が懸念される土地については、少なくとも地歴調査、可能な限り何らかの汚染調査はしたうえで、想定される汚染リスクについては当然、想定外の汚染リスクについても可能な限り、十分に交渉して可能な限り契約書に具体的に明記するようにしましょう。
これからの土地取引では、土壌汚染(油分等を含み)は常に基本的に想定すべきリスクと言えます。
その点、費用や労力が費やされた汚染調査報告書が取引当事者間だけで終わってしまうのはもったいないなぁといつも思います。
不動産登記簿のように、汚染調査報告書も土地取引のインフラにしていければなぁと思います。