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配転命令に違法の最高裁判決

 先月(2024年4月)4月26日、最高裁第2小法廷は、職種限定の合意がある場合に、労働者の同意を得ないでした配転命令を違法として、配転命令の適法性を認めた大阪高裁判決を破棄、差戻しました。
 配転命令に関する従来の判例の流れが変わるかもしれません。

 事案を見てみましょう。上告人の労働者をXさんとします。

 Xさんが勤務する福祉用具センターは、福祉用具の展示や普及、利用者からの相談に基づく改造や製作、技術開発の業務を行っていました。Xさんは、20年以上前に、これら福祉用具の改造や製作、技術開発の業務の技術職として雇用され、以降、その技術職として勤務してきました。
 高裁までの事実認定では(最高裁は事実認定はしないので)、Xさんとセンター運営財団との間には、Xさんの職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意があった、とされています。
 もとの大阪高裁までの判決が公表されていないので、詳しい事情は分かりませんが、新聞報道によると、その後、福祉用具の改造業務の受注が減り、センター運営を引き継いだ社会福祉協議会では、福祉用具の改造などの業務を廃止する方針だったそうです。他方、総務課では退職による欠員が生じていた、という事情があったようです。
 センター運営者の社会福祉協議会は、Xさんの同意を得ることなく、平成31年4月1日付で総務課施設管理担当への配置転換を命じました。

 最高裁は、次のように判示しました。

『労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
 そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。』

 これだけ読むと、なぁんだ、あたりまえのこと言ってるだけじゃん!と思いますよね。

 少し解説してみましょう。

 いわゆる正社員、長期的雇用を予定した正規従業員は、職種・職務内容や勤務地を限定せず採用され、仕事を覚えて実力をつけ、出世するにつれ、広範囲に系統だって、配転されていくのが、従来典型的な働き方でした。就業規則にも、業務上の都合により出張、配置転換、転勤を命じる、などと規定されていますよね。
 使用者の労働者に対する配転命令権は、労働契約の内容が根拠となります。
 ただ、その契約内容が判る客観的証拠は就業規則くらいしかなく、限定合意を裏付ける個別具体的事情は、いわゆる状況証拠の積み重ねになります。
 そのため、先ずは、その配転命令が、労働契約に基づく「配転命令権」の範囲か否か、が争いとなるのですが、配転命令権の範囲は広く認められがちになります。
 次に、配転命令権の範囲内と認められる場合にも、例えば要介護家族を抱える従業員や使用者に不都合な従業員に対する配転など、その配転命令が「配転命令権の濫用」といえるか否か、が権利濫用法理による配転命令の制限として議論されます。
 このように、「配転命令権」の範囲を確定し、さらに権利濫用法理による制限の有無を検討する、というのが従来の配転に関する裁判所の判断構造でした。
 従来でも、職種・職務内容の制限や勤務地の限定が認められる場合には、その限定を超える配転命令は、そもそも「配転命令権」が無かったものとして違法になります。
 その意味では、この判例は、従来どおりの判断構造に従ったまで、ともいえます。

 ただ、ご存知のとおり、今年(2024年)4月から、労働条件明示のルールが変わりました。

 労基法は、第15条で(労働条件の明示)を規定し、その明示すべき具体的事項を、労基法施行規則第5条が決めています。
 労基法施行規則第5条に1項1号の3「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」が追加されており、労働条件通知書による明示の義務化とともに、今年(2024年)4月から施行されています。
 モデル労働条件通知書は、これです↓
001156118.pdf (mhlw.go.jp)

 Xさんの事案で、大阪高裁までの判決では、業務限定合意があったと認めながらも、使用者の配転命令は「配転命令権」にもとづくものと認めたうえで、権利濫用の有無について判断し、濫用には当たらないので違法ではないと判断しました。
 Xさんが雇用された当時は、労働条件通知書はおろか、就業規則の明示もされないような時代でしたよね。業務限定合意を認めながらも配転命令権を広く認めたのには、そういう事情もあるように思います。
 新聞報道によれば、大阪高裁判決は、配転命令には解雇を回避する目的があり、総務課への異動には合理的理由がある、という判断だったそうです。

 今後、労働条件通知書で、業務内容や就業場所とそれらの変更の範囲を明示し、それに限定された労働契約が成立したとして、その業務や場所を(変更範囲も含め)、業績悪化などの理由で廃止せざるを得ない場合、どうしたらよいのでしょう?
 本人の(配転)同意が得られない場合、止むを得ず解雇するしかないのでしょうか?
 その場合、解雇に厳しいとされる日本の裁判所は、解雇を有効と認めてくれるのでしょうか?

 労働条件通知書による業務内容と就業場所の明示も含めて考えると、今回の判例の行方は、とても気になります。

 いずれにしても、この最高裁判決によって、今後は、労働条件通知書の「就業の場所」や「従事すべき業務の内容」の記載を、より慎重に検討する必要が出てきました。
 「ジョブ型雇用」への流れ、とみる見方もありますが、それは判りません。

 少なくとも、労働条件通知書の記載は、採用時だけでなく採用後の将来のことも考えて慎重に検討し、かつ、想定外の配転などの必要が出てきた場合には、本人とよく話し合って、お互いが納得できるようにしましょう。