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知的財産取引に関するガイドライン

基本取引契約書「第三者の知的財産権の侵害」条項
 リーガルチェックを依頼される、取引相手(大手企業)の取引基本契約書で、最近ちょくちょく見かけて気になる条項の1つに、第三者の知的財産権の侵害に関する条項があります。
 例えば、
「乙(中小企業側)は、乙の製作する目的物が第三者の知的財産権を侵害しないことを表明保証し、これに反して甲(大手企業側)が損害を被った場合には賠償する。」
 というような条項です。
 ”ウチはそんな侵害しないから関係ないよ!”なんて軽い気持ちでスルーしないでくださいね。
 「第三者」の範囲は今や全世界です。「第三者の知的財産の侵害の可能性」なんて、専門家に多額の費用を払って初めて調査可能な代物です。それを表明保証させようなんて、一般の中小企業には荷が重すぎます。
 こういう条項があったら、削除してもらうか、少なくとも
「乙(中小企業側)は、乙の製作する目的物が第三者の知的財産権を侵害しないよう乙に可能な限りで万全の注意を払う。」
 などと、修正してもらうようにしてください。

知的財産取引に関するガイドライン
 中小企業庁は、2021(令和3)年3月に「知的財産取引に関するガイドライン」を策定、公表していましたが、その翌年度に設置された知財Gメンの調査の中で、発注者への納品物について、第三者との間に知財権上の紛争が発生した場合に、発注者が例外なく受注側中小企業にその責任を転嫁できる可能性のある契約が締結されている事案が確認され、これを機に、昨年(2024(令和6)年)10月、改訂されました。
 改正事項は主に、第三者の知的財産権と侵害紛争に関するものですが、従前からの内容も含めて、ガイドラインには、中小企業が自社の知的財産権を守るための教訓的実例が紹介されています。
 場面ごとの実例も交えて、ガイドラインの内容(基本的な考え方)をご紹介しましょう。
 ガイドラインが対象とする知的財産権は、特許や意匠など産業財産権や著作権に限らず、営業秘密・ノウハウ(有益なデータを含む)まで広く含まれます。

契約締結前(取引交渉段階・工場見学等)
 自社の秘密情報の開示を求められたら、必ず秘密保持契約を締結しましょう。
 秘密保持契約を締結しないまま工場見学を受け入れてノウハウが奪われ内製化された事例、契約内容が中業企業側のみ保持義務の片務にされた事例、が紹介されています。

試作品製造・共同開発等
・試作品製造・技術指導
 試作品製造や技術指導を通じて技術情報やノウハウが漏洩しないよう秘密保持契約等で守り、提供する場合も相応の対価を得るようにしましょう。
 自社から乗り換えられた発注先に対する技術指導を無償で強制された事例、内製化しない旨の誓約書違反を抗議したところ内製化の証拠を見せろと開き直られた事例、が紹介されています。
・共同研究開発における成果の権利帰属
 技術やアイディアの貢献度によって決められるべきで、共同研究に携わった中小企業の利用可能性にも配慮すべきとされています。
 共同研究の契約書ひな型に成果技術等すべての権利は大手側に帰属する条項の事例、貢献度に関係なく成果技術はすべて大手側に帰属する契約を締結させられた事例、が紹介されています。

製造委託・製造販売・請負販売等
・契約に含まれない技術資料等の開示
 製造等委託の本来の目的の範囲を超えた技術情報の提供要求には、応じる必要はありません。
 PB製造受託とは関係ない自社商品の技術情報を無償開示するよう要求された事例、製造受託現場を動画撮影されてノウハウが吸い上げられた事例、が紹介されています。
・技術情報等の提供を受ける場合の対価・技術情報の活用
 技術情報を提供する場合も、提供先に秘密保持義務を課すとともに、相応の対価を得るようにしましょう。
 製造受託に関して再現可能なまでの技術情報の無償提供を要求された事例、などが紹介されています。
・金型設計図面等の提供
 製造委託の目的物でない場合には開示、提供に応じる義務はなく、提供する場合には相応の対価を得るようにしましょう。
 金型製造のみの受託であるのに金型設計図も併せて無償で納品するよう要求された事例、金型設計図面の提出を断ったら「今後の取引に影響がある」と言われた事例、主要取引先に設計図を渡したら同社の海外発注先に類似品を作られた事例、が紹介されています。
・工場監査・QC(品質管理)・品質保証関係
 予め監査等を必要とする箇所を明らかにさせ、情報の開示・提供は監査等の目的達成に必要な範囲に限定するようにしましょう。
 QC工程表にすべて記載を求められ製造工程の動画を無償提供するよう強要された事例、取引終了の際に営業秘密を含む製造方法等情報を引き継ぐ契約を締結させられた事例、委託社が指定する第三者すべての工場見学を受け入れる製造委託契約を締結させられた事例、が紹介されています。

特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾
・特許出願への干渉(出願内容の報告・修正、共同出願の強制)
 自社で独自に開発した発明や方法の出願や登録については、取引先であっても干渉することはできません。
 受託製造に直接関係ない特許出願にも報告義務を課され共同出願を要求された事例、自社開発技術について依頼されて共同出願にしたところ第三者ライセンスや販売先を制限された事例、共同開発で主要な貢献をしたにもかかわらず単独出願された事例、が紹介されています。
・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾の強要
 製造委託や共同研究の関係に在っても、自社独自で開発した知的財産権を無償提供、無償許諾する義務はありません。
 主要取引先から特許権持分の一部の無償譲渡を要求されて止む無く譲渡したところ自社の第三者許諾のみ承諾を得る片務契約を締結させられた事例、開示したアイディアや技術について無償かつ無制限に使用できるライセンス条項を締結させられた事例、主要取引先から自社の競合企業へのライセンスを強制された事例、自社特許権について主要取引先に常に最恵待遇でライセンスする義務を負わされた事例、が紹介されています。

第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁
 発注者の責任原因となり得る「指示」には口頭での助言や情報提供など正式な書面によらないものも含まれ、受注者に侵害しないことの保証責任を一方的に転嫁したり、第三者の知的財産権の使用に関する費用を一方的に受注者に転嫁してはならず、そのような契約条項も許されません。
 発注者の仕様に基づいて製造、納品した部品に対する第三者からの侵害訴訟について発注者から裁判への協力を一切拒否された事例、発注者の仕様に関する第三者侵害の調査や使用料の負担を一方的に指示された事例、が紹介されています。

 中小企業の場合、そもそも自社の技術やノウハウについて知的財産としての権利性や重要性を意識していなかったり、取引先の優越的地位の濫用にも最初から諦めて唯々諾々と応じがちかもしれません。
 ガイドラインに掲載されている各種調査に寄せられた具体的事例を読みながら、なんでそこで応じちゃうかなぁ?と、もどかしくてならない反面、あぁいまだにこんな現状なんだなぁ、と、かなしくもなります。

 でも、今、国は本気で、従来の下請取引の関係を是正し、適正化しようとしていると感じます。

 大手取引先から、”何だかなぁ”と納得できない無理を言われたときは、勇気を出して、異議申し立てをしてみましょう。
 そのためには、こういうガイドラインも勉強する必要があります。
 ”勉強は苦手なんだけど”という場合はとりあえず、弁護士に相談するようにしてくださいね。

「知的財産取引に関するガイドライン」 guideline01.pdf

知的財産取引に関するガイドライン・契約書のひな形について | 中小企業庁