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水銀リサイクル イトムカ鉱業所

 今月(2025年10月)、土壌汚染対策コンソーシアム(CSCC、NPO-CSCC)の見学会で、日本で唯一の水銀リサイクル処理施設「イトムカ鉱業所」(北海道北見市)を視察してきました。

 水銀といえば、水俣病を引き起こしたメチル水銀の毒性が有名ですが、水銀は、有機水銀のみならず、無機水銀、金属水銀も含め、人体(生体)にはきわめて有害です。

 水銀は、金属ですが、とても変わっています。
 融点はマイナス38.8℃なので、常温で液体の状態ですが、常に揮発しているので、密閉しないと水銀蒸気を吸い込むことになります。
 比重は約13.6で、水の13倍以上です。
 イトムカ鉱業所で、密閉した容器内の水銀を厚いゴム手袋で体感させてもらいました。見た目は、表面が光る水なのですが、水に沈むはずの鋼鉄ボルトがプカプカ浮いていて、手のひらで表面を触ると、シリコンゴムのような弾力と抵抗を感じ、手を入れてすくい上げるとコロコロこぼれ落ちる、とっても不思議な物体です。ターミネーター2に登場する液体金属ロボットT-1000を思い出しました。
 やっぱり、不気味です。

 ただ、水銀は元素(Hg)なので、分解したり、この世から無くしたり、はできません。クローズドシステムでリスク管理をしながら付き合うしかありません。

 2001年、国連環境計画(UNEP)は地球規模の水銀汚染について調査活動を開始、2002年には、人への影響や汚染実態をまとめた報告書(世界水銀アセスメント)を公表しました。その後、条約に向けた交渉が進められ、2013年10月、「水銀に関する水俣条約」が採択され、同条約は2017年8月に発効しました。

 水俣条約の概要は、次のとおりです。(環境省の説明資料(平成29年3月14日修正版)から引用)

・前文に水俣病の教訓について記述。
・水銀鉱山からの一次産出、水銀の輸出入、小規模金採掘等を規制。
・水銀添加製品(蛍光管、体温計、血圧計等)の製造・輸出入、水銀を使用する製造工程(塩素アルカリ工業等)を規制(年限を決めて廃止等)。
・大気・水・土壌への排出について、利用可能な最良の技術/環境のための最良の慣行等を基に排出削減対策を推進。
・水銀廃棄物について既存条約(バーゼル条約)と整合性を取りつつ適正処分を推進。
・途上国の能力開発、設備投資等を支援する資金メカニズム創設

 水銀に関する水俣条約を踏まえた国内法整備として、条約対象事項のうち、廃棄物処理法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、等、既存法令の改正等措置では対応できない部分について、「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」(水銀汚染防止法)が2015年6月に成立、2017年8月に施行されました。
 その後、水銀に関する水俣条約の第4回(2022年3月)及び第5回(2023年11月)締約国会議において、特定の電池や蛍光ランプを含む水銀添加製品の製造等の廃止が決定されました。
 これを受けて、水銀汚染防止法においても、同法施行令を改正して(2024年12月)、「特定水銀使用製品」(第1条)にこれらを追加しました。
 これにより、ほぼすべての水銀を含む可能性のある蛍光ランプや電池、計測機器、等が2027年末までに廃止(製造禁止)されることになりました。

 イトムカ鉱業所は、日本で唯一の水銀リサイクル処理施設ですが、この場所はもと、戦前には東洋一の水銀鉱山「イトムカ鉱山」が在った場所です。1936(昭和11)年、大型台風による原生林の風倒木搬出作業の際、辰砂(硫化水銀の鉱物、美しい赤色で極めて重い石)が発見され、水銀の大鉱床が見つかりました。
 イトムカ鉱山は1974(昭和49)年に閉山となりましたが、その技術と施設を、現在の野村興産株式会社が買い取り、同社イトムカ鉱業所として、水銀廃棄物から水銀リサイクル処理を始めました。 

 乾電池は、機械と人手によって選別された後、ロータリーキルンで焙焼され、気化した水銀が回収されて、凝縮、精製されます。乾電池からは、年間300㎏以上の水銀が回収されるそうです。
 蛍光灯は、破砕選別、洗浄選別した後の水銀スラッジを、ヘレショフ炉(縦型多段式焙焼施設(写真)、同社にしかないそうです)で焙焼し、水銀蒸気を回収して、凝縮、精製します。

 精製されたリサイクル水銀は、再び、蛍光灯、特殊計測機器の材料として、また、大学や研究機関に水銀試薬として、あるいは、伝統塗料の朱として、販売されているそうです。
 乾電池や蛍光灯の他の部分も、鉄、ガラス、亜鉛、アルミ、レアアース、のリサイクル品になります。

 イトムカ鉱業所の場所は、女満別空港と旭川空港のちょうど中間あたり、本当に人里離れた山の中です。従業員さんは皆、会社が運行する送迎バスで通勤するので、残業もないそうです。
 イトムカ鉱山の時代には、鉱害もあったそうです。同じく水銀を扱うとはいえ、鉱山からリサイクル施設に代えるには、並大抵ではない御苦労があったと思います。扱いの難しい水銀を相手にするからこそ、情報公開や管理の徹底など、地域と地球の環境保全に真摯に向き合おうとする姿勢を感じました。