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建物賃借権と抵当権

 事務所や工場として建物(一棟や号室)を借りておられる会社も多いと思います。

 建物賃貸借契約の締結に際しては、重要事項説明(宅地建物取引業法35条)で、借りる建物にすでに抵当権や根抵当権の設定登記がある場合、それが実行(競売申立て)されたら(6カ月間の猶予はあるものの)追い出されますよ、という説明を受けましたよね。
 実行されなければ良いか・・と思いがちですが、実行されなくても、家主が借金の返済を怠った場合、抵当権者や根抵当権者から賃料の差押えを受ける可能性があります。
 差押えされても支払先が変わるだけだからいいんじゃない?と思いがちですが、家主にしてみれば、賃料収入が無くなるのに貸し続けなければならないわけです。建物の維持管理や修繕など「貸す債務」を履行する意欲は減退するのが人情です。
 借主として、賃料の差押えはリスク、と考えるほうが良いです。

 では、そもそも、抵当権者や根抵当権者がどうして賃料を差押えすることができるのでしょうか?

 民法371条は「抵当権は被担保債権の不履行後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ」ことを規定しています。 この果実が賃料です。そして、民法372条が民法304条を準用して「抵当権は、その賃貸によって債務者が受けるべき金銭に対しても、払渡しや引渡しの前に差押えすることで、行使することができる」として、賃料の差押えで債権回収できることを規定し、これを物上代位(ぶつじょうだいい)といいます。

 抵当権や根抵当権などの担保物権は、所有権と違い、目的物を全面的に支配利用する権利ではなく、目的物の交換価値(取引価値)を把握する権利と観念されています。そして、担保とされている目的物の交換価値が何らかの理由で現実化した場合には、その現実化した価値(代位物)の上にも担保物権の効力が及ぶとされ、これを担保物件の物上代位性と呼んでいます。
 抵当権や根抵当権の物上代位性が担保目的物に生じる賃料にも及ぶかどうかについて議論はありましたが、今では民法が明文で認めており、平成15(2003)年改正の民事執行法180条で、不動産担保権の実行の方法として、担保不動産収益執行の手続が設けられました。

 抵当権・根抵当権にもとづく賃料差押えに対し、家主もまた、賃料を少しでも自分に確保すべくあの手この手を駆使してきました。あの手この手の最たるものが「相殺」です。その結果、物上代位と相殺に関しては、最高裁の重要判例が蓄積されています。そして一昨年、大阪地裁と大阪高裁でも認められた相殺が最高裁で覆されるという、重要判例が出されました。

 事案をごく簡単にして、時系列で並べてみますね。登場人物は、家主、借主、信金、です。

① 建物賃貸借契約が締結され、借主に建物が引渡されました。
② 借主は家主に990万円を貸し付けました。
③ 家主は信金のため、極度額4億7400万円の根抵当権を設定、登記しました。
④ 家主は借主に、他社の借金4000万円につき、連帯保証しました。
⑤ 家主は借主と、借主がその後の賃料債務について期限の利益を放棄した上で、②④と相殺合意しました。
⑥ 信金は③の根抵当権にもとづく物上代位として賃料を差押えました。

 第1審の大阪地裁も、控訴審の大阪高裁も、⑤の、将来賃料について期限の利益を放棄した上での相殺合意を認め、相殺合意で将来にわたって賃料が消えた以上、物上代位で差押えしても無効である、と判断しました。

 しかし、これに対して最高裁は、⑤の相殺合意の効力を認めませんでした。
 なお、最高裁までの間に、判断の対象は、④の連帯保証債務と将来賃料との相殺合意になっています。
 最高裁の理由はこうです。
 ④の連帯保証債務は、③の根抵当権設定登記の後であるから、賃料に根抵当権の物上代位が及ぶことは登記から判るから、物上代位による差押えが為されれば、差押え後の賃料(将来賃料)について相殺の期待を保護する必要はない。本件の相殺合意は、将来賃料について期限の利益放棄として相殺適状を作出することによって差押え前に相殺したとするものであるが、その効力を認めることは抵当権者の利益を不当に害するものであるから認められない。

 信金は、そもそも将来賃料について期限の利益放棄なんてありえない、と主張していました。
 この判例以前に、平成13年の最高裁判例の事案で、将来賃料債権について予め、支払期日が来る都度で相殺する合意(予約)の方策が問題になりましたが、否定されていました。
 本件の期限の利益放棄という策も、いろいろ考えたんだろうなぁとは思いますが、無理がありましたよね。そもそも賃貸借契約は、使用収益とその対価という双務契約なので、賃料債権も賃借人の現実の使用を前提に発生するものなので、信金の主張がもっともなのです。

 この判例により、借主が賃貸物件の抵当権者から賃料の差押えを受けた場合、抵当権設定登記以後に取得した借主の家主に対する債権については、借主は、差押以後の賃料(将来賃料)と相殺したとの理由で抵当権者(差押債権者)への賃料支払いを拒否できない、ことが明示されました。
 ただ、本件の場合は、借主の家主に対する債権が貸金だったのですが、賃貸借契約に伴う、修繕費や必要費の立替、敷金返還請求権など、賃借人に固有の債権について、この判例の射程内かどうか、同じ判断になるかどうか、は判りません。

 賃貸物件に抵当権や根抵当権が設定されている場合や、抵当権者や根抵当権者から賃料の差押えが来たような場合には、弁護士に相談するようにしてくださいね。