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優生保護法違憲大法廷判決

 先月(2024年7月)3日、最高裁は大法廷判決により、優生保護法(平成8年改正により現在は母体保護法)に規定されていた、障碍者等に対する不妊手術の強制等の規定(優生規定)は、憲法13条及び14条1項に違反するとして、不妊手術を強制された方々の国に対する損害賠償請求を認めました。
 大法廷は、憲法判断、と、過去の最高裁判例を変更、のときに開かれます。
 この判決は、違憲判断と判例変更の両方をしており、過去に例のない判例となりました。それほどに、この国に染みついた「差別」が、重大かつ深刻だということです。

 NHK朝ドラ「虎に翼」の山田轟法律事務所の壁に書かれている憲法14条ですが、あらためて読んでみましょう。

憲法 第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 (*この後の2項と3項は割愛しますね)

 今回の大法廷判決が判断した憲法13条も、読んでみましょう。これは、基本的人権の根源的規程とされています。

憲法 第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 どうですか?
 あたりまえのことが書かれてあると思いますよね。でも実は、これが未だに、本当にあたりまえにはなっていません。それが今回の大法廷判決となったわけです。

 では、今回の大法廷判決で違憲とされた優生保護法を見てみましょう。この法律は戦後まもなく、憲法施行の翌年である昭和23年7月に公布されました。法文が読みにくいですが、お付き合いくださいね。

優生保護法 第1条(この法律の目的) (*太字は筆者)
この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。

 どうですか?
 これは当時、衆参両院ともに全会一致の決議によって成立したのだそうです。

 この法律は昭和27年に改正され、次の規定が明記されました。

第12条(精神病者等に対する優生手術)
医師は、(略)精神病又は精神薄弱に罹つている者について、精神衛生法(略)第二十條(後見人、配偶者、親権を行う者又は扶養義務者が保護義務者となる場合)又は同法第二十一條(市町村長が保護義務者となる場合)に規定する保護義務者の同意があつた場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。
第13条 都道府県優生保護審査会は、前條の規定による申請を受けたときは、本人が同條に規定する精神病又は精神薄弱に罹つているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び前條の同意者に通知する。
2 医師は、前項の規定により優生手術を行うことが適当である旨の決定があつたときは、優生手術を行うことができる。

 では、大法廷判決事案の当事者の方々の事情をご紹介しましよう。

 X1さんと妻aさんは昭和7年生まれ、昭和35年に結婚式を挙げ、昭和36年に婚姻届出をしました。X1さんは生まれたときから両耳が聞こえず、aさんは3歳の頃、病気のために聴力を失いました。aさんの妊娠が判明すると、翌日、aさんは母親に連れられて病院に行き、人工妊娠中絶を受けるとともに、不妊手術を受けさせられました。不妊手術は、aさんの母親の同意をもって、aさんとX1さんの同意があったものとされました。

 X2さんは、生まれたときから両耳が聞こえず、夫のbさんは、幼い頃、両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となりました。二人は、昭和43年頃に結納を交わし、昭和43年に婚姻の届出をしました。昭和43年、bさんは母親に連れられて病院に行き、不妊手術を受けさせられました。不妊手術は、bさんの母親の同意をもってbさんの同意があったものとされました。

 X3さんは、昭和30年生まれの女性で、先天性の脳性小児麻痺である旨の医師の診断を受けていました。昭和43年に不妊手術を受けさせられましたが、その不妊手術は上記の昭和27年改正後の第13条2項に基づいて行われました。

 大法廷判決には、昭和24年以降平成8年改正までの間に、このような不妊手術を受けさせられた人の数は2万5000人にもなる事実も引用されています。

 平成10年、日本政府は国連人権委員会から、強制不妊の対象となった人たちに補償するよう勧告されました。日本政府は平成18年、過去に遡っての補償は考えていないと表明し、長らく放置してきました。
 平成31年になってようやく、一時金(320万円)支給制度が設けられました。

 判決文から、優生保護法を憲法違反と判断した部分を引用しますね。

『(優生保護法の)立法目的は、専ら、優生上の見地、すなわち、不良な遺伝形質を淘汰し優良な遺伝形質を保存することによって集団としての国民全体の遺伝的素質を向上させるという見地から、特定の障害等を有する者が不良であるという評価を前提に、その者又はその者と一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせることによって、同じ疾病や障害を有する子孫が出生することを防止することにあると解される。しかしながら、憲法13条は個人の尊厳と人格の尊重を宣言しているところ、本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえないものであることが明らかであり、本件規定は、そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものといわざるを得ない。
 したがって、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められず、本件規定により不妊手術を受けることを強制することは、憲法13条に反し許されないというべきである。』
 同じ趣旨で、不妊手術は合理的根拠に基づかない差別的取扱いに当たる、として、憲法14条にも違反するとしています。

 判例変更については、不妊手術から提訴までおよそ半世紀が経過しているため、不法行為(事件や事故による傷害や損害について加害者が被害者に損害賠償すべき責任を規定したもの)の「時効」が問題となりました。
 2020年4月施行の現行の民法では、不法行為責任の時効は、短期3年と長期20年の、いずれも「時効」とされています。大法廷判決の事案は改正前の民法に拠ります。改正前民法では、同様の規定だったのですが、3年は時効、20年は「除斥期間」とされていました。「除斥期間」というのは、時効のような中断がなく、いわば絶対的期間で、本件でいうと強制不妊手術から20年が経過すれば絶対的に請求権が消滅する、というものでした。そして、この20年が「除斥期間」であることは、過去の最高裁判例でも明言されていたのです。

 今回、最高裁は、次のように述べて「除斥期間」の「例外」を認めました。(*括弧は筆者の注記)
『上記請求権(*被害者の方の損害賠償請求権)が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、(*国による)除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。』
 その理由には、優生保護法が国の立法行為であったこと、国は厚生事務次官通知をもって不妊手術の強制を推進し、2万5000人もが被害を被ったこと、平成8年に強制不妊手術の規定を削除した後も、強制不妊手術は適法だったとの立場から、被害者に対して十分な補償措置を採らなかったこと、などが挙げられています。

 最高裁は基本的に保守的ですが、この判断はいわば「超法規的」判断と思います。思い切ったというより、そうせざるを得なかったほど、酷い人権侵害と差別が、今でもこの日本社会に残っていた、ということです。
 日本は差別が見えにくい社会だと思いますが、障碍者、女性、外国人、LGBTQ,などの人々に対する差別は、澱んだ空気のように蔓延していると感じます。
 世界を見れば、差別が社会的分断を生み、それが政治的分断に発展し、やがて社会の秩序(安全と安心)を崩壊させてしまうことがわかりますよね。
 でも、この大法廷判決の事案の「国」って誰?、と考えると、結局、国民一人一人なんですよね。
 自分の中にもある意識してない差別感情に、もっと敏感にならなくては、と思います。