「約款」見直しましたか?(民法改正で「定型約款」が新設されました。)
昨年4月から施行された改正民法(債権法)ですが、早いもので、すでに1年半が経ちました。
今回の改正でまったく新しく新設されたのが、「定型約款」(548条の2~)です。
中小企業が「定型約款」を準備する側になるのは、
・インターネットを通じた物品売買における購入約款
・インターネットサイトの利用取引における利用約款
が多いかもしれません。
「約款」とは、公式な定義は無いのですが、著名な学者さんらによって「多数の取引に対して一律に適用するために、事業者により作成され、あらかじめ定式化された契約条項」と定義されています。今回の改正で新設された「定型約款」は、「約款」のうちの中核部分を含む一部だけを明文化したものです。ただ、「定型約款」に含まれない「約款」も、「定型約款」のルールや規制が準用されるようになります。
中小企業がしばしば先方から示される「約款」には、保険約款や銀行取引約定書がありますよね。このうち、保険約款は改正民法の「定型約款」とされていますが、銀行取引約定書は「定型約款」に該当するかどうか議論があります。
また、中小企業に関係するところで、労働契約は、就業規則などにより一律定型的なように見えますが、労働者の能力や人格など相手の個性を重視して為される契約であるため、定型約款の問題にはなりません。
「契約」とは、当事者が自由意思に基づいて交渉した結果としての合意です。なので、一つ一つ内容が異なるのが基本です。これは現在も維持されています。
ただ、経済社会が発展して、不特定多数を相手に定型的サービスを提供する事業者が現れ、定式化された契約条項の総体(これが「約款」です。)が用いられるようになりました。このような約款は事業者が一方的に作成し、不特定多数の利用者(いわば消費者)は二者択一、サービスが利用したければ約款にそのまま「同意」するしかありません。そこには自由意思に基づく交渉の余地などありません。
当事者の合意にすぎない「契約」に拘束力を与えて契約目的を実現させる法的根拠は、近代市民法の原則である当事者の自由意思、自己実現を尊重する故でした。
自由意思による交渉の余地のない「約款」は、そもそも契約といえるのか、契約に認められる拘束力をそのまま約款にも認めても良いのか、その根本問題は今も存在しています。他方で、定型的サービスの需要も規模もますます拡大し、定式的条項を一律適用するニーズもますます高まっています。
そこで、今回の民法改正では、「約款」のうち中核を含む部分を「定型約款」という概念を以て定義づけをし、新たに明文化して、一定の要件の下に定型的画一的取引態様としての約款の存在を認めるとともに、それに対する規制やルールを定めました。
民法の「定型約款」として認められるには、約款が対象とする取引が「定型取引」であることが前提となります。
定型取引とは「ある特定の者(注:事業者)が不特定多数の者(注:例えば消費者)を相手として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう」(民法548条の2)です。
ここでのポイントは、「画一的であることがその双方にとっても(注:事業者のみならず消費者側にとっても)合理的なもの」という部分です。
大量の定型的取引であっても、事業者がその都合で画一処理したいだけではダメで、画一処理することで相手の消費者側にもメリットがないと「定型取引」とは認められません。
例えば、鉄道旅客の運送約款や電気・ガスの供給約款などは、画一処理されることが利用者にもメリットがありますが、銀行取引約定書や事業者間取引の契約書ひな形などは、相手の企業にとっては交渉の自由を捨ててまで画一処理に従うメリットは無いので、定型取引とはいえません。
次の要件は「定型取引合意」です。
これは、相手がその定型取引に応じる旨の意思表示で、例えば、電車に乗る、コインロッカーに荷物を預ける、ような行為で良く、電車の運送約款を読んでいること、や、コインロッカー使用約款を読んでいること、は必要ではありません。
そして、定型取引合意をした相手が、その約款を一言一句読んで理解して納得していなくても、定型約款としてそのすべての条項に拘束される(これを「組入要件」と呼びます)のは、次の二つの場合です。
(1)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
例えば、一言一句どころかろくに読んでなくとも(スクロールして)「同意」をポチっと押したとき
(2)定型約款を準備した者(「定型約款準備者」)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
例えば、「同意」にポチっはしなくともサイト訪問者なら誰でも判るように約款アイコンを置いていた
膨大な量の細かい文字の約款を一言一句読んで理解して・・なんて無理ですよね(私もネット通販ではスクロールしてます(‘◇’)ゞ)
でも、実はその中にとんでもない不利益条項が混じっていたらコワいですよね。
民法548条の2第2項は、そういうときの救済を規定しています。
すなわち、
「(定型約款の条項のうち)相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして(契約における信義則の原則)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」
これはいわゆる不意打ち条項規制や不当条項規制というものを一本化したものです。例えば、サイトやSNSの立上げ作成の委託契約に継続的メンテナンス委託が付いていた(不意打ち条項)、とか、サービスのサブスクリプション契約で解約の場合に長期間の制限や多額の違約金が付いていた(不当条項)、という場合に、その問題条項は定型約款から無かったものになる、ということです。
実務的に問題になるのは、約款を変更する場合です。知らない間に勝手に一方的に変更されたのでは、安心してサービスを受け続けることはできません。民法改正に至る議論でも、なるべく自由に変更したい事業者側と、勝手に一方的に変更されたら困る消費者側で、もっともモメタそうです。その妥協の結果、改正民法では、事業者による一方的変更も、一定の制約要件を課したうえで、認められました。
以前からよく見かけるところでは、ほとんどの約款に「自由に変更します」「一方的に変更します」旨の条項が入っていましたが、昨年4月の改正民法施行により、このような条項は約款から除外されていることになりました。
事業者が定型約款を一方的に変更できるのは、次のいずれかの場合です(民法548条の4)。
<実体要件>
(1)定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき
(2)定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更条項の有無とその内容、その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき
このいずれかの実体要件を満たした変更の場合に、さらに手続きとしては、
<手続要件>
その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨および変更後の定型約款の内容ならびにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければなりません。
特に実体要件(2)による変更の場合は、予め(効力発生時期が到来するまでに)周知しておく必要があります。
改正民法の定型約款の規定は、附則により、施行日前(昨年3月以前)からある約款についても適用されます。
ネット通販など約款を使っておられる事業者さんは、見直しておかれることをおススメします。