下請法が改正されました
昨年から議論されていた下請法改正が、今年(2025)3月に閣議決定され、通常国会で審議されていましたが、今月16日に衆議院本会議で可決成立しました。施行は、来年(2026)1月1日の予定です。
改正法は、下請代金支払遅延等防止法(下請法)及び下請中小企業振興法(下請振興法)の一部を改正するものです。
改正の背景として、近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するためには、事業者において賃上げの原資の確保が必要であり、発注者・受注者の対等な関係に基づき、サプライチェーン全体で(*ここポイントです)適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現を図っていくことが重要、と説明されています。
では、日常取引に関係する、下請法部分の改正について、具体的に見ていきましょう。
「下請」用語の見直し
「下請事業者」は「中小受託事業者」に、「親事業者」は「委託事業者」に改められました。
法律の名称も、「下請代金支払遅延等防止法」は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に、「下請中小企業振興法」は「受託中小企業振興法」に改められました。
理由は、「下請」「親事業者」に伴う差別的上下関係の語感だそうです。確かに、学生時代に初めて「下請法」という法律の存在を知ったとき、「古臭い言葉、法律で『下請』なんて使って良いの?」って思った覚えがあります。ようやく日本の産業界も「近代化」するわけですね。
下請法適用対象に従業員基準(製造等300人、役務等100人)を追加
下請法の適用対象は、従前、資本要件という「壁」がありました。製造等委託で、資本金3億円超とそれ以下、資本金1千万円超とそれ以下、情報成果物作成・役務提供委託で、資本金5千万円超とそれ以下、資本金1千万円超とそれ以下、のあれです。
以前からこの資本要件は不合理だと思っていました。改正理由にも、実態は大企業なのに不相応に資本金が小さかったり、わざと減資したり、反対に、受注側に増資さたり、の適用逃れの実態が指摘されています。
今回の改正で、資本要件はそのままですが、従業員基準として、製造等委託で従業員300人超とそれ以下、役務提供等委託で従業員100人超とそれ以下、が追加されました。
資本金額は誤魔化す方法がいくらでもありますが、従業員は売上や利益の規模に応じて判りやすく、合理的だと思います。
対象取引に運送委託を追加
従来は、物品の運送の再委託にのみ下請法の適用がありました。今回の改正で、発荷主から元請運送事業者への運送委託も「特定運送委託」として追加されました。
理由は、元請であっても荷主に対して弱い立場にあり、荷待ち待機や荷積みなどの役務を無償で強要される実態が顕在化しているためです。
委託(親)事業者の遵守事項の追加(協議を適切に行わない代金額決定の禁止)
従来も「買いたたき」(通常支払われるし対価(市価)に対し著しく低い代金額を不当に定めること)の規制はありましたが、今回の改正では、これとは別途、「中小受託事業者が代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、協議に応じず、又は、必要な説明や情報提供をせず、一方的に代金の額を決定して、中小受託事業者の利益を不当に害する行為」が新設されました。
「買いたたき」は同じコストを前提として利益分を削減させるのに対し、これはコストの増加を前提として代金額をコスト増加分に見合わない幅に抑えるものです。
委託(親)事業者の遵守事項の追加(手形払い等の禁止)
改正下請法の適用対象取引については、手形払いが一切禁止されることになります。なお、手形は、来年末に廃止される予定ですが、この規定は、電子記録債権(でんさい)やファクタリングについても同様に適用があります。
ようやくここまで来たかと思います。このブログで以前から何回も書いていますが、およそ15年ほど前、顧問先の社長さんから「手形サイト120日って、4か月無利息でむしろこちらが利息負担して代金分を貸すのと同じって、おかしいと思いませんか」と言われ、公正取引委員会に問い合わせをしたことがありました。そのときの公正取引委員会の電話応対者は、商慣習として定着しているから何ら問題ない、何が問題なのか、とケンモホロロで、とても悔しい思いをしました。15年ほどですが、隔世の感があります。感無量です。でも、こうして少しづつ、世の中は良いほうへ変わっていっているんですね。
ただ、改正下請法が適用されない(資本要件や従業員要件を満たさない、対象取引に該当しない)場合についても、今回改正の趣旨『サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる』の方向性は明確です。「ウチは適用ないから」と開き直っているような取引先は、この先の未来はないかもしれません。
その他(「製造委託」の対象に木型、治具も追加)
その他の改正事項のうち、日常取引に関係するものでは、適用対象取引である「製造委託」の「これらの製造に用いる」ものに、従前は「金型」のみでしたが、新たに「木型その他の物品の成型用の型若しくは工作物保持具その他の特殊な工具」(木型、治具等)も加えられました。
下請法は昭和31年に成立した法律で、長い間、大きな改正もありませんでした。今回、これだけ大きく改正されたのは、反対にみれば、それだけ中小企業の現状が危機的なのでしょう。手形サイトの規制など、もっと早くできたし、すべきだったと思います。それでもまだ、資本要件や対象取引の壁は厚くて、「サプライチェーン全体での取引適正化」は、ようやく緒に就いたところです。働き方のみならず取引のあり方も、昭和モデル、高度経済成長モデル、から脱する、時代の転換期にあると思います。